精選版 日本国語大辞典 「経済」の意味・読み・例文・類語
けい‐ざい【経済】
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翻訳|economy
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〈経済〉とは,衣食住など物財の生産・流通・消費にかかわる人間関係の全体である。われわれ人間も他の動物同様,ものを食べなければ生きていけない。しかしわれわれがものを摂取する過程は,動物とは根本的に相違する。われわれは食物を料理したり容器に盛りつけるなど,さまざまな様式で形姿を整える。動物として生理的に胃の腑を満たすという点からすれば,過剰といえるような部分がまとわりついている。しかもこれら過剰な部分は効率的にものを摂取するため,あるいは節約するためということとは無関係で,むしろそれらのためにはマイナスでしかない。こうした過剰性は食の過程にとどまらない。われわれの衣や住は寒さから身を守るため,雨露をしのぐためといった単純明快さをこえている。そこには,衒示,宗教・呪術,審美,新奇といった,機能性をこえた,総称すれば文化とでも呼べるような要素が離れがたく付着している。われわれは単に生理的要求から消費しているだけでなく,文化的要求を満たすためにも消費している。すなわち文化を食べ,文化を身にまとい,文化のなかに住み,文化を呼吸し消費しなければならない。
こうしたことは生産においても流通においてもいえる。生産活動は食いつないでいく必要から遂行されるのではなく,仕事を完成する喜び,隣人よりより良いものを生産したいとの意欲,協働の喜び,献身,原罪の償い,天職,征服欲など,労働意欲をかきたてる労働観に支えられている。労働は労働観の消費でもある。他方では,こうした労働観を供給する活動,労働の指揮・監督,呪術師・宗教家・教育家などの活動も重要な意味をもつことになる。流通でも,等価性の観念にもとづく交換,租税・婚資・供物などのかたちの財の移転等々,単に有無相通ずるといったような機能的な要因をこえる文化が深く働いている。しかも消費,生産,流通のおのおので作用する文化的要因とは,別個ばらばらのものではなく,互いに関係づけあいつつ全体を構成する文化体系である。そこで文化というものを,慣行,言語,法,信仰,政治,技術から構成され,慣習・伝統として不動の側面と変化に向けて開かれた側面との両者を含む,ある種有機的に統合された巨大な一体系であるとすれば,経済とは,こうした文化体系にとりかこまれ,文化が細部にもわたって分かちがたく絡まりついた,物財の生産・消費・流通のことだといえよう。経済をどうみるかという経済観も,経済活動の目的はなにかといった人間の観念も,経済の重要な要素だということになる。また,経済はしばしば伝統慣習経済,市場経済,指令経済の三つに分類されるが,伝統,市場,指令は一経済のなかに並存する要素の若干であるにすぎず,それ以上の意味をもたせることはできない。
〈経済〉という語は中国晋代の書《抱朴子》〈外篇〉にある〈経世済民〉に発し,これを略したものといわれる。〈経世済民〉とは,〈世を治め民をたすける〉という意で,現在いうところの,政治にかかわるもろもろの事柄をさしていた。日本の江戸時代の太宰春台の《経済録》などの〈経済〉の意味もこれに沿ったものである。明治以降,〈経済〉は〈economy〉の訳語にあてられ,〈economy〉の意を含むように変わっていった。〈economy〉の語源はギリシア語oikonomiaにあり,これはoikos(家)とnomos(慣習,法)からなる合成語で,家の管理・運営のあり方,家政を意味している。このように〈economy〉は当初,家を単位とする規定であったが,その後,ひとつは都市国家社会を単位とするように拡大していった。このように拡大すれば〈economy〉は〈経世済民〉の〈経済〉と意味を同じくすることになる。ところが〈economy〉はこれにとどまらず,17世紀以降の絶対王政,近代国民国家の形成過程において物質的な豊かさを柱とする国力の増強が各国の主題となるにおよび,物質的・唯物的要因を中心とする概念に固まっていった。この時期に形成されたpolitical economy(経済学)は唯物的な意味での国富についての学である。〈economy〉はもうひとつ,個人個人,しかもひとりの人の個々的な行為を単位とする規定にも分化した。人々の活動において目的がはっきりし,条件も確定しており,その過程はおもしろくもおかしくもない,といったかなり限定された技術的な局面は,散らばってではあるが多く存在する。こうした局面では節約意識が明りょうに働き育つ。たとえば人がある場所へ行かなければならない,そしてどの道をとっても道中くたびれるだけという場合,大概の人は最も近道になる道を選ぶであろう。節約意識は,家政としての〈economy〉のなかから生まれる一つの独立した観念である。こうして〈economy〉が〈節約〉の意味をももつことになる。これは〈最小費用の最大効果〉であって,なにを目的に選ぶかにはまったく適用できない,いわば技術的・形式的規定である。ところが技術文明の隆盛に呼応して19世紀末のeconomics(経済学)はこの規定を,人間本来の目的が物質的豊かさにあるということと結びつけて,人間の普遍の原理にまで拡張し,経済人(ホモ・エコノミクス)からなる社会を構想するにいたった。
〈経済〉は上記のような意味の変遷を経た〈economy〉の訳語として使用され定着した。しかし,物質的側面もたしかに人間の一関心であり,長い歴史の趨勢(すうせい)が生活の物質的側面の巨大化に向かってきたのだから,〈economy〉すなわち〈経済〉概念の中心が物質的側面に集中・分化してきたのは当然であったとしても,〈経済〉の目的・動機が唯物的にすぎないとするのは,たかだかこの200~300年の特異な経済観にすぎない。この点から反省するならば,この特異な〈経済〉をもひとつの系として含みうる本項のような〈経済〉がえられる。またそれとともに経済学も,上記の特異な経済観を当然のこととし,これにもとづいて政策技術を練り,仮構の純粋システムのメカニズムを解明するといったことにともなう視点の狭さ・非現実性から,解放されつつある。経済人類学,経済社会学,経済倫理学,経済体制論などは社会科学としてのパースペクティブを経済学にとりもどそうとのさまざまな試みであるが,これらも含めて現代の経済学は生活の物質的側面に深く入りこみ,物質的関係をとおして表現される観念,文化,歴史,政治,要するに社会のあり様を解釈していこうとの尽きざる営みへと指向している。
執筆者:吉沢 英成
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…経済人類学はその名が示すように,経済学と人類学の両方に深く関係している。ことに経済学との関係においては,それが深いというにとどまらず,経済学を肯定的に吸収するか否定的に批判するか,あるいは,どのような経済学(新古典派かマルクス派か)に依拠するかにしたがって,経済人類学の問題関心,対象,方法にかなりの違いが生ずる。…
※「経済」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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