内科学 第10版 「偽性副甲状腺機能低下症」の解説
偽性副甲状腺機能低下症(副甲状腺・カルシトニン・ビタミンD)
標的臓器における副甲状腺ホルモン(PTH)の不応症のため,PTHが十分に分泌されているにもかかわらず低カルシウム血症を呈する一群の疾患を指す.
分類
表12-5-9に示すように,Ellsworth-Howard試験の結果に基づいて,外因性PTHに対する尿中cAMP排泄反応の欠如しているものを偽性副甲状腺機能低下症I型,正常なcAMP反応を示すもののリン酸反応が認められないものをⅡ型とよぶ.I型は,図12-5-15に示すように,Albright遺伝性骨異栄養症(Albright’s hereditary osteodystrophy:AHO)と総称される特徴的な身体所見(低身長,肥満,円形顔貌,中手骨・中足骨の短縮,皮下の骨化,精神遅延)を有するIa型と,AHOを合併しないIb型に分類される.Ia型はGs蛋白の活性低下を示し,甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)などほかのホルモンに対する反応性低下も認められる.Ia型と同じくAHOを合併するが,Gs蛋白活性の低下を伴わないものはIc型とよばれる.偽性偽性副甲状腺機能低下症(pseudopseudohypoparathyroidism:PPHP)は,PHP患者の家族のなかでAHOを有するがCa代謝異常を含め内分泌異常を示さないものを指す.
原因・病因
PTHは細胞膜を7回貫通する.PTH受容体に結合した後,Gs蛋白(刺激性のGTP結合蛋白)を介してアデニル酸シクラーゼ(adenylyl cyclase)を活性化し,この酵素の働きで産生されたcAMPがさらに下流のシグナル経路を介して最終的な生物作用を発揮する.Ellsworth-Howard試験から,cAMP反応がないPHP I型はPTH受容体からアデニル酸シクラーゼの間に,Ⅱ型はcAMP産生以降の段階に異常が存在するものと理解される. 常染色体優性に遺伝し複数のホルモン(PTH,TSH,ゴナドトロピン)に対する不応性やAHOを示すPHP Ia型の患者では,Gsα(Gs蛋白のαサブユニット)遺伝子の片方のアリルにさまざまな不活性化変異が同定されており,赤血球膜のGs蛋白活性が正常の約50%に低下している(表12-5-9).50%の低下がどうしてほぼ完全なホルモン不応症をもたらすのか,AHOとGs蛋白の異常をもつ同一家系内にどうしてPTHを含めてホルモン反応性が正常なPPHPが存在するのか,が重要な問題点である.Gs蛋白は,PTHの標的である近位尿細管などでは母由来のアリルのみ発現され(父方の遺伝子のインプリンティング),ほかの組織では父母両方のアリルが発現されるため,変異Gsを母から遺伝した場合には近位尿細管では完全な欠失になりPTH不応症を呈するが,赤血球などその他の組織では父方の正常なアリルが残されているのでGs活性は50%の低下にとどまると理解されている. 図12-5-16Aに示すように,Gsα遺伝子のエクソン1は,多くの組織では母方・父方両方のアリルから転写されるため,片方に変異が入ると発現レベルが1/2になり,赤血球膜のGsα活性は50%に低下する.一方,腎の近位尿細管においては,図12-5-16Bに示すように,エクソン1の転写は上流のエンハンサーに依存し,母方のアリルからしか転写が起こらない.したがって,父方の遺伝子に変異があっても近位尿細管でのPTH不応症は起こらないが(赤血球膜でのGsα活性は50%に低下,AHOがあり,PPHPになる),母方から変異遺伝子を受け継ぐと,近位尿細管でのGsα活性はゼロになりPHP Iaの病態となる.
病態生理
PTHの作用不全の結果,低カルシウム血症・高リン血症を起こす機序は副甲状腺機能低下症に共通している【⇨12-5-7)】.PTHの標的臓器は,腎(近位および遠位尿細管)と骨(骨芽細胞)であるが,PHP I型は,基本的に近位尿細管におけるPTH不応症と理解される.すなわちPTHに対するcAMP産生増加,P利尿,ビタミンD活性化,HCO3−排泄反応がすべて障害され,尿中cAMP排泄の低下,高リン血症,血清1,25-(OH)2-Dの低下,代謝性アルカローシスが起こる.PTHの遠位尿細管でのCa再吸収作用は保たれており,この作用には1,25-(OH)2-D3との協調作用が必要なため,未治療時には1,25-(OH)2-Dの低下により不十分であるが,活性型ビタミンDによる治療によって1,25-(OH)2-D3が補充されるとPTHのCa再吸収作用は十分に発揮されるようになり,特発性副甲状腺機能低下症の場合と比較して明らかに尿中Ca排泄が少なく,したがって約半分の維持量で血清Ca濃度を是正することができると理解される.
臨床症状
低カルシウム血症による自覚症状・他覚所見は副甲状腺機能低下症に共通である【⇨12-5-7)】.
検査成績
PTH作用不全による低カルシウム血症・高リン血症・尿細管におけるP再吸収閾値(TmP/GFR)の上昇は,副甲状腺機能低下症に共通である.血清インタクトPTHの上昇はPHPに特徴的な検査所見であり(PPHPでは正常),低カルシウム血症に対して副甲状腺が正常にPTH分泌促進で反応していることを意味する【⇨12-5-7)】.
Ellsworth-Howard試験の実施方法を図12-5-17に示した.表12-5-10の判定基準に従って外因性PTHに対する尿中cAMP排泄反応およびリン酸排泄反応を求め,表12-5-9に従って病型分類を行う.リン酸排泄反応の判定に際しては,表12-5-11の適用条件を満たしていることを確認する必要がある.
診断
低カルシウム血症による症状・所見に加えて,血液生化学検査で低カルシウム血症・高リン血症,さらに血中インタクトPTHの高値が確認されれば,腎機能がほぼ正常である限り,偽性副甲状腺機能低下症と診断できる(表12-5-11).病型分類に関しては,Ellsworth-Howard試験を行い,PTHに反応してcAMP反応もP排泄反応も障害されていればPHP I型,cAMP反応はみられるがP反応が低下していれば,Ⅱ型と診断される.I型のなかで,AHOの合併が認められればIa型と診断される(表12-5-9).
鑑別診断
特発性あるいは術後性副甲状腺機能低下症などPTH欠乏による副甲状腺機能低下症との鑑別は,通常血清インタクトPTHを測定すれば十分である.
低カルシウム血症を呈するその他の疾患との鑑別については【⇨12-5-7)】.
合併症
PHP Ia型には,Gs蛋白活性の低下により甲状腺刺激ホルモン(TSH)やゴナドトロピンに対する反応性が障害される結果,甲状腺機能低下症や性腺機能低下症を合併することがある.ACTHやグルカゴンに対する反応は正常である.同じくPHP Ia型(Ic型と偽性偽性も)には,AHOとよばれる身体的異常を合併する.
経過・予後
血清カルシウムさえコントロールすれば,生命予後は一般に良好である.
治療
治療は,副甲状腺機能低下症と同じで,低カルシウム血症を是正することを目的とする.PTHの不応症に基づく偽性副甲状腺機能低下症に対しては,PTHの投与は無効であり,1α, 25-(OH)2-D3(カルシトリオール)あるいはそのプロドラッグである1α-(OH)-D3(アルファカシドール)を少量(それぞれ0.5 μg/日あるいは1 μg/日)から開始し尿中Ca排泄をモニターしながら,血清Caを正常下限レベル(8.5 mg/dL付近)に保つ.副甲状腺機能低下症の【治療】の項でも述べたように,偽性副甲状腺機能低下症では特発性副甲状腺機能低下症の症例の約半量で血清Caの維持が可能であり,維持量の平均は1α-(OH)-D3の場合2 μg/日,1α, 25-(OH)2-D3では生理量の1 μg/日程度である.[池田恭治]
■文献
厚生省特定疾患ホルモン受容機構異常調査研究班,平成4年度総括研究事業報告書,pp17-20, 1993.
Levine MA: Hypoparathyroidism and pseudohypoparathyroidism. In: Endocrinology (DeGroot LJ, Jameson JL ed), pp1133-1153, W. B. Saunders, Philadelphia, 2001.
Potts JT Jr: Diseases of the parathyroid gland and other hyper- and hypocalcemic disorders. In: Harrison’s Principles of Internal Medicine 15th ed, (Braunwald E, Fauci AS, et al ed), pp2205-2226, McGraw-Hill, New York, 2001.
山本通子,他:偽性および偽性偽性副甲状腺機能低下症.日内会誌,88: 1238-1244, 1999.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報