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六角義治 ろっかく よしはる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

六角義治 ろっかく-よしはる

1545-1612 戦国時代の武将。
天文(てんぶん)14年生まれ。六角義賢(よしかた)の子。弘治(こうじ)3年近江(おうみ)(滋賀県)半国の守護となる。永禄(えいろく)6年重臣後藤賢豊(かたとよ)父子を殺害し,家臣団の信頼をうしなう(観音寺騒動)。10年父と六角氏式目を制定。11年織田信長に攻められ,観音寺城をすてて流浪した。慶長17年10月22日死去。68歳。初名は義弼(よしすけ)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の六角義治の言及

【六角氏式目】より

…近江国南半を領した大名六角氏が1567年(永禄10)4月に制定した67ヵ条よりなる分国法。〈義治(よしはる)式目〉とも呼ばれるが,原題は〈置目〉であり,諸伝本には六角義治の署判のものだけでなく,義治とその父六角承禎(じようてい)(六角義賢)の連署のものがあり,当時の実情からいって後者が原形を正しく伝えているので,この名称はふさわしくない。この分国法は1563年の観音寺騒動という内乱,つづいて66年の浅井長政との戦いにおける惨敗という六角氏危急存亡のときに,領国の支配体制再建を目的として制定された。…

※「六角義治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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