日本大百科全書(ニッポニカ) 「分福茶釜」の意味・わかりやすい解説
分福茶釜
ぶんぶくちゃがま
昔話。小僧が茶釜を磨くと、茶釜が、痛いからそっと磨けといい、次に火にかけると、熱いといって狸(たぬき)の正体を現して逃げる。子供向けに笑話化されて語られているが、これは江戸時代の赤本などの影響によるものであって、本来は動物の恩返しをテーマにした昔話である。各地の伝承を要約してみると、貧しい爺(じい)がいじめられていた狐(きつね)を助ける。翌日この狐が爺のもとにきて、茶釜に化けるから寺に売って金儲(もう)けをしろともちかける。いわれたとおりに寺に売る。前述のようにして寺から逃げてきた狐は、次に遊女に(さらには馬に)化けて売らせ、爺に恩返しをするという内容の昔話である。動物報恩をテーマとした話は、「鶴(つる)女房」「舌切り雀(すずめ)」など日本の昔話に多い。それは人間と動物との現実的なかかわりを物語るもので、それが昔話のなかに定着していったものといわれる。
この昔話との関係を説かれるのが、群馬県館林市(たてばやしし)にある茂林(もりん)寺の分福茶釜である。早く江戸時代の『甲子夜話(かっしやわ)』で、寺の縁起として紹介されている。この寺にいた守鶴(しゅかく)という番僧が、汲(く)めども湯の尽きぬ茶釜で茶をふるまったということで有名になった。しかし守鶴はむじなの化身であるのが露見して立ち去るが、茶釜は寺宝として現在も残されているという伝説になっている。ただし昔話との直接的な関連は薄いようである。
[野村純一]