20世紀日本人名事典 「前田錦楓」の解説
前田 錦楓
マエダ キンプウ
明治〜昭和期の日本画家
- 生年
- 文久3年10月12日(1863年)
- 没年
- 昭和20(1945)年10月15日
- 出生地
- 江戸・浅草(東京都台東区)
- 本名
- 前田 里恵
- 旧姓(旧名)
- 浅間
- 主な受賞名〔年〕
- 鑑画会賞状(第2回)〔明治19年〕「花鳥」,ビゲロー懸賞図案公募展一等賞(第1回)〔明治21年〕「猿のツナギ」,ビゲロー懸賞図案公募展二等賞(第2回)(明治22年)「簾に立田川、水に楓」,内国勧業博覧会妙技三等賞(第3回)〔明治23年〕「菊花図」
- 経歴
- はじめ亀井至一より洋画を学ぶが、明治16年松本楓湖に入門し、日本画家となった。18年楓湖の勧めで狩野芳崖の門下に移り、鑑画会などを中心に作品を発表。19年の第2回鑑画会展では「花鳥」で褒状を受け、21年同会主催の第1回ビゲロー懸賞図案公募展では「猿のツナギ」で一等賞を獲得するなど、その作品は高く評価された。21年師の芳崖が没すると橋本雅邦に師事。23年には日本美術協会の通常会員となり、同会展でたびたび受賞、また雅邦の門下生による二葉会でも活躍した。この間、明治20年に学僧前田学と結婚。大正3年に夫が没した後は寺院の経営を引き継ぎ、その傍らで画業を続けた。花鳥画を得意とし、他にも「牡丹図」「稲穂に雀図」などの作品がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報