加井妻城跡(読み)かいづめじようあと

日本歴史地名大系 「加井妻城跡」の解説

加井妻城跡
かいづめじようあと

[現在地名]三次市粟屋町

東麓を北流する可愛えの川と、北麓を東流するその支流上村かむら川を天然の堀として、両河川の間に突出る山塊の突端に築かれた山城。昭和五二年(一九七七)発掘調査が行われた。深さ六メートルの堀切で区切った南側の最頂部から北の突出部分に階段式に郭を設けており、柵跡や建物跡とみられる柱穴が検出され、青磁・備前焼・土師質土器の破片宋銭、釘などの鉄器、計二八四本の土錘などの遺物出土

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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