日本歴史地名大系 「加守郷」の解説
加守郷
かもりごう
中世の郷で、
鎌倉時代の加守郷は公領で国衙の支配下にあり、その田地は「加守郷乃井里拾五坪」(貞応二年五月日「僧忍昇田地相博状」高野山文書)とあるように、条里制の里と坪で地割されていた。そこには百姓私領のほか寺院の免田も存在し、隣接する久米田寺は加守郷内に七反の免田を有した(欠年「久米多寺免田注文」久米田寺文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
中世の郷で、
鎌倉時代の加守郷は公領で国衙の支配下にあり、その田地は「加守郷乃井里拾五坪」(貞応二年五月日「僧忍昇田地相博状」高野山文書)とあるように、条里制の里と坪で地割されていた。そこには百姓私領のほか寺院の免田も存在し、隣接する久米田寺は加守郷内に七反の免田を有した(欠年「久米多寺免田注文」久米田寺文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
ユーラシア大陸、北アメリカ大陸北部に広く分布し、日本では北海道にエゾヒグマが生息する。成獣は体長2メートル以上、体重300キロにもなり、日本最大の陸生動物として知られる。雑食性で草や木の実、サケ、シ...