加賀千代(読み)カガノチヨ

デジタル大辞泉 「加賀千代」の意味・読み・例文・類語

かが‐の‐ちよ【加賀千代】

千代女ちよじょ

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精選版 日本国語大辞典 「加賀千代」の意味・読み・例文・類語

かが‐の‐ちよ【加賀千代】

  1. ちよじょ(千代女)

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朝日日本歴史人物事典 「加賀千代」の解説

加賀千代

没年:安永4.9.8(1775.10.2)
生年元禄16(1703)
江戸中期の俳人加賀松任(石川県松任市)の表具屋,福増屋六左衛門(一説に六兵衛)の娘。出家して素園とも号した。11,12歳のころ,本吉の北潟屋に奉公。主人,岸弥左衛門(俳号半睡のち大睡)に,俳諧を学ぶ。10歳代でその名は諸国に喧伝され,ことに各務支考,中川乙由との交流を契機に全国の俳人が知るところとなった。「朝顔釣瓶とられてもらひ水」は,その作として有名。植物の生命にまで愛情をそそぐような,女性らしい着眼点を示す。生前に,『千代尼句集』なども刊行された。<参考文献>中本恕堂編『加賀の千代全集』

(楠元六男)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加賀千代」の解説

加賀千代 かがの-ちよ

1703-1775 江戸時代中期の俳人。
元禄(げんろく)16年生まれ。加賀(石川県)松任の表具屋の娘。11,12歳のころ北潟屋に奉公し,主人の岸大睡に俳諧(はいかい)をまなんだという。17歳のとき北陸地方巡遊中の各務支考(かがみ-しこう)に見いだされ,一躍,中央の俳壇にも知られる。さらに享保(きょうほう)12年支考の門人仙石廬元坊の来訪をうけ「松任短歌行」をなした。安永4年9月8日死去。73歳。通称千代女,千代尼。号は素園,草風。
格言など】月も見てわれはこの世をかしくかな(辞世)

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旺文社日本史事典 三訂版 「加賀千代」の解説

加賀千代
かがのちよ

1703〜75
江戸中期の女流俳人
千代女ともいう。加賀(石川県)松任 (まつとう) の表具屋の娘。号は素園。生涯不詳。幼少より才があり,作風は平易通俗。句集『千代尼句集』『松の声』など。

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百科事典マイペディア 「加賀千代」の意味・わかりやすい解説

加賀千代【かがのちよ】

千代女

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「加賀千代」の解説

加賀千代
かがのちよ

千代女(ちよじょ)

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