勝岡(読み)かつおか

日本歴史地名大系 「勝岡」の解説

勝岡
かつおか

戦国時代からみえる地名。江戸時代の蓼池(たでいけ)村は勝岡村とも記されることから、中世の勝岡は現三股町蓼池付近に比定される。蓼池の牛(うし)ヶ廻(まわり)に勝岡城跡があり、空堀の存在が知られる。享禄三年(一五三〇)頃には、勝岡城は山之口(やまのくち)城(現山之口町)・高(たか)城(現高城町)・梶山(かじやま)城などとともに伊東氏が確保した庄内三俣(しようないみまた)の八外城の一つとされていた(年未詳「先代日向一国時支配覚」予章館文書)。伊東氏は永正一七年(一五二〇)に勝岡の攻略を開始し、やがて梶山を拠点に都城の町屋に進撃している(日向記)。永正年間末頃には勝岡は高城・山之口・梶山とともに伊東氏の知行下にあった(年未詳「北郷家家譜写」北郷文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む