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北畠具行 きたばたけともゆき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北畠具行
きたばたけともゆき

[生]正応3(1290)
[没]元弘2=正慶1(1332).6.19. 近江,柏原
鎌倉時代末期の公卿。権中納言。師行の子。後醍醐天皇の討幕計画に参加して幕府に捕えられ,鎌倉に護送の途中佐々木高氏 (→佐々木道誉 ) に殺された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北畠具行 きたばたけ-ともゆき

1290-1332 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
正応(しょうおう)3年生まれ。北畠師行(もろゆき)の子。従二位,権(ごんの)中納言。後醍醐(ごだいご)天皇の側近として日野俊基(としもと)らと鎌倉幕府追討を計画。元弘(げんこう)の乱で捕らえられ,正慶(しょうきょう)元=元弘2年6月19日,鎌倉に護送される途中,近江(おうみ)(滋賀県)柏原で佐々木高氏に処刑された。歌人としても知られた。43歳。

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朝日日本歴史人物事典の解説

北畠具行

没年:正慶1/元弘2.6.19(1332.7.12)
生年:正応3(1290)
鎌倉時代末期の公卿。鎌倉幕府を倒そうとした後醍醐天皇の側近のひとり。右中将北畠師行の子。嘉暦1(1326)年2月参議,元徳2(1330)年8月権中納言に昇進した。この間,後醍醐天皇の綸旨を奉じるなど同天皇の腹心として動いており,具行の官位昇進もこれと表裏の関係にあった。具行は笙をよく奏したらしい。元弘1(1331)年8月後醍醐天皇が南山城の笠置(京都府)に出奔したとき,これに随従。まもなく鎌倉幕府軍との戦で笠置は陥落,9月天皇と共に幕府軍に捕らえられた(元弘の乱)。同2年4月斬罪と決し,鎌倉に移送される途中,近江国(滋賀県)柏原にて幕府の指示により佐々木導誉によって斬られた。

(森茂暁)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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