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十河城 そごうじょう

日本の城がわかる事典の解説

そごうじょう【十河城】

香川県高松市十川東町にあった平城(ひらじろ)。春日川上流より南側の丘陵地に築城され、南北朝時代から桃山時代までの約230年間、十河(そごう)氏の居城だった。十河城は南北朝時代に、讃岐(さぬき)国山田郡を支配していた植田氏の一族である十河氏が築いた。戦国時代にいたって、城主の十河景滋(そごうかげしげ)は、阿波の三好長慶(みよしながよし)の弟・一存(かずまさ)を養子に迎えて、勢力の維持を図った。一存は、兄の三好長慶を補佐して畿内各地を転戦した。一存没後、次兄の三好義賢(みよしよしかた)の子存保(まさやす)が十河氏の名跡を継ぎ、十河城に入った。1582年(天正10)四国制覇をもくろむ長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の軍勢が十河城を包囲、十河勢は籠城して奮戦するものの、1584年(天正12)ついに落城し、存保は備前に逃れた。その後、豊臣秀吉の四国征討軍に参加して、長宗我部氏を讃岐から追い払い、1585年(天正13)に十河城主に復帰した。しかし翌年の1586年(天正14)秀吉の九州征伐に従軍し、島津氏との戸次川(へつぎがわ)の戦いで討ち死にし、十河城は廃城となった。現在、城跡は十河氏ゆかりの称念寺の敷地になっていて、境内の一帯が本丸跡と考えられている。城の遺構はほとんどが失われたが、空堀の一部が残っている。琴平電鉄長尾線池戸駅から徒歩20分。

出典|講談社日本の城がわかる事典について | 情報

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