占守島の戦闘

共同通信ニュース用語解説 「占守島の戦闘」の解説

占守島の戦闘

日ソ中立条約を破り1945年8月9日に日本統治下の満州、南樺太に侵攻を始めたソ連軍は、8月18日未明に千島列島最東端の占守島に攻撃開始。ポツダム宣言を受諾し、武装解除を進めていた日本軍守備隊と戦闘になった。23日の停戦協定成立までにソ連側約3千人、日本側約350人が死亡したとの説があるが、犠牲者数は諸説あり正確には不明。ソ連軍はその後、千島列島の南下を続け、8月28日~9月5日に択捉、国後、色丹の各島と歯舞群島を無血で占領、日本軍は抵抗しなかった。

更新日:

出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む