コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

占守島 しむしゅとう

3件 の用語解説(占守島の意味・用語解説を検索)

大辞林 第三版の解説

しむしゅとう【占守島】

千島列島の最北端にある火山島。占守しむしゆ海峡をへだててカムチャツカ半島のロパトカ岬に対する。ロシア語名シュムシュ。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

占守島
しむしゅとう

千島列島の最北端にある火山島。ロシアシュムシュ島Остров Шумшу。語源は千島アイヌ語の「主要な島」の意とされる。北は占守海峡(第一クリル海峡、最狭部12キロメートル)を隔ててカムチャツカ半島ロパトカ岬に対し、南西は幌筵(ほろもしり)海峡(第二クリル海峡、最狭部2キロメートル)を挟んで幌筵(パラムシル)島に連なる。北東―南西方向に長く、長さ約30キロメートル、幅約18キロメートル、面積230平方キロメートル。島の大半は緩い傾斜の溶岩台地か楯状(たてじょう)火山で、わずかに北西部に別飛(べっとぶ)沼を抱える湿原が広がる。中央部に鉢伏(はちぶせ)山(155メートル)、南部に三塚山(190メートル)が平らな山頂をみせる。樹木はほとんどなく、草原が卓越する。南西の幌筵海峡に面して片岡湾があって錨地(びょうち)をなし、湾岸に中心地片岡(バイコボБайково)がある。1893年(明治26)海軍軍人郡司成忠(ぐんじなりただ)(1860―1924)が「報効義会」を組織し、翌年占守島に渡り、1896年移住した。1892年侍従片岡利和(としかず)(1836―1908)が当地を視察、地名の片岡はこれにちなむ。第二次世界大戦前は根室支庁(現根室振興局)管内の占守郡を構成したが、戦後はソ連、ソ連解体後はロシア連邦が支配し、サハリン州に所属させている。[渡辺一夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の占守島の言及

【シュムシュ[島]】より

…ロシア連邦東端,千島列島最北東端の火山島。日本名,占守(しむしゆ)島。北はシュムシュ海峡(最狭部12km)を経てカムチャツカ半島ロパトカ岬に,西はパラムシル(幌筵)海峡(最狭部2km)を経てパラムシル島に対する。…

※「占守島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

占守島の関連キーワードシュムシュ島シュレジエンヒムシュ主務主務官庁主務大臣プラットホームシューズルームシューズボシュロム社シュムシュ[島]

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

占守島の関連情報