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反核・平和運動 はんかくへいわうんどう/はんかくうんどう/へいわうんどう anti‐nuclear movement/movement for the abolition of nuclear weapons

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知恵蔵の解説

反核・平和運動

第2次大戦末の原爆投下とその後の核兵器開発競争に対する危機意識から、世界各地で生まれた核兵器・核戦争反対の運動。冷戦が激化する1949年、ソ連主導の平和擁護世界大会が開かれ、核兵器禁止などを宣言、50年、同委員会がストックホルムアピールを発表、5億人の署名を集めた。日本では54年3月の第五福竜丸ビキニ被災事件をきっかけに、同年5月、東京都杉並区無党派の主婦グループ原水爆禁止署名を呼びかけ、3000万人の署名を集めた。それを背景に55年8月6日、第1回原水爆禁止世界大会が広島で開かれ、11カ国5000人が参加。同年、原水協創立。以来、毎年8月、原水爆禁止世界大会が広島・長崎で開かれ、国際的影響力を持つ継続的運動を展開。また50年代後半、欧米での核実験への反対運動が高まり、英国でCNDが創立、平和行進を行い、米軍基地での座り込みなど直接行動を敢行。これらは核兵器の危険性を世界に広く知らせる役割を果たした。60年以降、原水協は、党派系列ごとに分裂、それに伴い原水爆禁止世界大会も分裂開催となり、初期における市民運動としての影響力を失った。65年以降、各国で市民によるベトナム反戦運動が活発に展開。特に日本では非核三原則と沖縄の非核化が提唱された。80年代初頭、欧州への中距離核戦力の配備決定と限定核戦争論の台頭を契機に、英のCND、オランダのIKV、西独の緑の党などが活発な活動を展開、人間の鎖NATO本部を包囲、各国の首都で大規模な反核デモ・集会が開かれた。また「ポーランドからポルトガルまでの非核化」を掲げ、国の枠を超えた運動の連携が進み、INF条約調印に導く原動力となった。さらに東欧の民主化が核軍拡競争を終わらせるという考えも広がり、東欧の反体制運動への連携・支援を進めたが、それは東欧革命を準備する遠因の1つとなった。米国では核兵器の凍結運動が、日本では反核署名運動が展開された。冷戦後は運動は退潮気味だったが、95年、核不拡散条約再検討・延長会議が核廃絶を取り上げないことに抗議し、1000以上の運動のネットワークであるアボリション2000が生まれ、核兵器全廃条約の締結を求めた。また1999年、ハーグ平和アピール市民集会には多くの市民運動家が参加した。

(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
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