口谷村
くちたにむら
[現在地名]宝塚市口谷東一―三丁目
長尾山の南に位置し丸橋村の東にあたる。集落を有馬街道(京伏見街道)が東西に、丹波への道が南北に通る。地元では「くったに」とよぶ。山本村の枝郷で慶長(一五九六―一六一五)頃に開発されたと伝承し、正保国絵図(大分県竹田市立図書館蔵)では「山本ノ内口谷」、寛文九年(一六六九)頃の尼崎藩青山氏領地調(加藤家文書)には山本村のうちに口谷村と丸橋村ありと記載される。
口谷村
くちだにむら
[現在地名]根尾村口谷
板所村の東に位置し、根尾東谷川の支流板屋谷川上流の山間地に立地。集落は川沿いに点在する。正保郷帳によれば田五斗余・畑二四石余・紙桑木高六石余・山年貢二石余。貞享二年(一六八五)大垣藩の内検で村高六六石余となった(大垣領村々高帳)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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