古保利村(読み)こほりむら

日本歴史地名大系 「古保利村」の解説

古保利村
こほりむら

[現在地名]千代田町古保利

平家へいけじよう山の南麓で志路原しじわら川が東に曲流する左岸氾濫原に位置する。当地の丘陵南西端にある古保利古墳群は、六世紀初頭と推定され、うち四四号墳は、直径一〇メートル・高さ三メートルの円墳で、竪穴式石室墳丘のやや南に位置する。石室内部から挂甲一・鉄鏃三・金銅製馬具片、外部から蓋付坏・蓋付坩と高坏・・坏身・大甕など須恵器一二点が出土している。

「芸藩通志」は「古保利村などは、郡家の遺名にや、庄名にも古保利あり、(中略)中古以来五庄に分つ、大田奥山三輪、吉木、古得今は古保利に作る(中略)本地村以下十九村を古保利庄と称す」と記し、山県郡の郡家や荘名に由来するとしているが、ここにあげられた五荘園とともに確証はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む