可愛神社(読み)えのじんじや

日本歴史地名大系 「可愛神社」の解説

可愛神社
えのじんじや

[現在地名]北川長井

可愛岳の東麓、北川西岸の谷間にある。祭神は大日貴命・天忍穂耳命・天津彦火瓊瓊杵命の三神。崇神天皇六五年可愛岳に初めて勧請されたと伝え、初めは天津彦火瓊瓊杵命の山陵とされる可愛岳山頂の鉾峰ほこみね(鉾岩)にあったという。そのため参拝が困難を極めたので、年代は明らかではないが、可愛岳東麓の可愛の里に社殿を移した(宮崎県史蹟調査)。天正六年(一五七八)大友宗麟の日向進攻によって兵火にあい、旧記・宝物類をすべて焼失したが、残された棟札によれば、元和三年(一六一七)社殿が再建されたのをはじめ、寛文四年(一六六四)有馬康純、宝永二年(一七〇五)三浦明敬、宝暦一〇年(一七六〇)内藤政陽、文化八年(一八一一)内藤政順により再建されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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