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台湾独立運動 たいわんどくりつうんどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

台湾独立運動
たいわんどくりつうんどう

台湾人による台湾独立を目指す運動。 1970年代末まで,当局の厳しい取締りのためおもに海外で活動。当初日本を中心に行われた。廖文毅が台湾独立運動の元祖とみられ,国民党の敗北を受け台湾の国連による信託統治や住民による台湾の地位の決定を主張した。 1950年に日本にわたり台湾民主独立党を結成,56年には台湾共和国臨時政府を樹立し,みずから大統領となっている。王育徳は 60年4月から『台湾青年』を発行し宣伝啓蒙運動を展開。以後台湾人留学生の増加などにつれて中心は北米大陸に移った。 70年1月に発足した台湾独立連盟が本部をアメリカにおき,台湾独立運動を推進する最大の組織となった。だが,参加者のイデオロギーや個人的対立に加え,国民党特務の離間工作もあり,いくつかの組織が乱立し内部対立を続けた。蒋経国など訪米要人への暗殺の企てなどはあったが,1970年代末まで台湾政治に対する影響力はほとんどなかった。 80年代に入り台湾のナショナリズムは政治の台湾化および民主化の進展とともに高まった。 86年台湾の住民自決を掲げた民主進歩党が結成され,地方や国民大会の選挙に積極的に進出し影響力を伸ばした。海外の台湾独立組織も台湾に戻り活動した。国民党当局は独立反対の公式立場を保ちながらも,内部では独立容認・支持の動きが顕著となった。一方,大陸は平和統一を主張すると同時に,いかなる手段をとっても独立を阻止すると言明している。

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世界大百科事典内の台湾独立運動の言及

【台湾[省]】より

…国共両政権の対峙とアメリカの台湾海峡情勢に対する軍事介入で,二・二八事件関係の島外〈亡命者〉グループは中華人民共和国への参与派と台湾独立派の両極に分解した。台湾独立派は56年1月に日本で亡命政府を作り,自由主義陣営と社会主義陣営の対立ならびにアメリカを中心とした〈中国封じ込め政策〉の間隙を縫って台湾独立運動を試みる。おもな担い手は福佬系台湾土着ブルジョアジーとその子弟である。…

※「台湾独立運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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