合田晴軒(読み)ごうだ せいけん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「合田晴軒」の解説

合田晴軒 ごうだ-せいけん

1638-1722* 江戸時代前期-中期儒者
寛永15年生まれ。三宅鞏革斎(きょうかくさい)の次男。父にまなび,父の生家の合田氏をつぐ。寛文元年阿波(あわ)徳島藩主蜂須賀光隆(はちすか-みつたか)にまねかれ藩最初の儒官となり,蜂須賀家の年譜をまとめる。子孫は代々徳島藩につかえた。享保(きょうほう)6年12月14日死去。84歳。京都出身。名は昌因。字(あざな)は仲循。通称は厚元。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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