呼吸器系疾患における新しい展開

内科学 第10版 の解説

呼吸器系疾患における新しい展開

 ヒト疾患は時代とともに変化し,社会とともに疾患概念や治療手段・方法が変化する.わが国の18歳人口は,1992年では205万人であったが,2018年には約6割の120万人まで減少し,2032年では半分以下の87万人へと減少する.一方で,1980年に9%であった高齢化率が2050年には40%に達すると予想されている.これから医療者が対象とする患者は,ほとんどが高齢者で,しかも超高齢者が増加する.20世紀までに構築されてきた医学体系は人類平均寿命が50歳前後であった時代のものであるが,21世紀は平均寿命が80〜90歳を想定した新しい医学の創出が必要となる.高齢者は,さまざまな疾患を複数,慢性的に抱え,かつ,高度医療の進歩により病態は複雑になる.これまでは,臓器別に臓器そのものの治療に視点がおかれ,包括的な医療についてはどちらかといえば二の次とされてきた.しかし,超高齢化社会では,臓器別診療に加えて包括的に患者の病態をとらえ治療を計画することがきわめて重要である.たとえば,慢性閉塞性肺疾患COPD)はその病態解明と治療薬の進歩により,「予防可能で治療可能な疾患である」との認識のもとに予防・治療・リハビリテーションを軸とした包括的治療が主体となる.肺炎治療においては,肺炎の発症場所による起因菌の予測と治療薬の選択が重要であるが,さまざまな高度医療を受ける患者が,在宅で日常生活を送りながら治療を継続することから,新たな医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare associated pneumonia:NHCAP)の概念が生まれ,肺炎治療においても抗菌薬の選択にとどまらず宿主の包括的治療が求められる時代となった.
 一方,分子生物学的手法を用いた呼吸器疾患診療の進歩がある.わが国の研究者が,肺胞蛋白症の病因としてGM-CSF自己抗体の存在や,肺胞微石症の責任遺伝子(SLC34A2)を発見した.また,肺癌においては,上皮成長因子受容体EGFR)遺伝子変異,EML4-ALK,ROS1,RET融合遺伝子など,開発中の分子標的薬が著効を示す分子標的がわが国をはじめ世界から次々と報告されており,肺癌治療が新しい段階に入った.
 WHOの2020年における世界の死亡増加予想では,第3位COPD,第4位肺炎,第5位肺癌,第7位結核となり,呼吸器疾患が急増することが予想される.呼吸器疾患は,いわゆる“common disease”であるが,一方ではいずれも難治の疾患である.さらなる病態の理解と新たな治療展開が期待される分野である.[長谷川好規]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報