肺胞蛋白症

内科学 第10版 「肺胞蛋白症」の解説

肺胞蛋白症(代謝異常による肺疾患)

定義・概念
 肺胞蛋白症はサーファクタントの生成または分解過程に障害があり,肺胞腔内,終末細気管支内にサーファクタント由来物質の異常貯留をきたす疾患の総称である.この物質は主としてリン脂質蛋白質からなる.原則として両側肺にびまん性に病変がみられる.
分類
 病因により,自己免疫性,続発性,遺伝性に分類される.かつて特発性あるいは原発性肺胞蛋白症とよばれていた肺胞蛋白症のほとんどが抗GM-CSF自己抗体陽性であることが明らかとなっている(Kitamuraら,1999).本抗体が測定され陽性である場合は自己免疫性肺胞蛋白症とよぶ.遺伝性,続発性が否定され,かつ抗体が未測定の場合に特発性肺胞蛋白症とよぶこともある.
疫学
 肺胞蛋白症の約90%はGM-CSF自己抗体が原因の自己免疫性肺胞蛋白症である.わが国の自己免疫性肺胞蛋白症の有病率は,人口100万人あたり,6.02人と推定され,地域差はない.2008年に報告された223例の疫学調査の結果では,喫煙との因果関係はなかったが,何らかの職業性粉じん吸入歴をもつ人が23%もあった.男女比は,2.1:1で男性に多く,発症年齢の中央値は男女ともに51歳であった.続発性肺胞蛋白症の有病率は正確な調査が行われていないが,成人発症の肺胞蛋白症の10%程度と推定され,男女比は,1.3:1である.遺伝性肺胞蛋白症の有病率は不明である.
病因
 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)は,肺においては主としてⅡ型上皮細胞から産生され,肺胞マクロファージのGM-CSF受容体に直接結合することにより,終末分化を促進している.終末分化した肺胞マクロファージは,やはりⅡ型上皮細胞から産生されるサーファクタントの吸収・分解のほか,微生物の貪食,殺菌を行い,下気道を清浄に保っている.自己免疫性肺胞蛋白症の患者では,GM-CSFに対する自己抗体(抗GM-CSF自己抗体)が血中に数〜数百μg/mL存在し,肺胞に移行することにより,肺胞マクロファージの終末分化を障害する.そのため,サーファクタントの代謝分解ができず,細胞内に貯留し,泡沫状マクロファージとなって,やがて細胞が崩壊して,無構造なサーファクタント由来物質が下気道に貯留する.一方,続発性肺胞蛋白症の病因は,よくわかっていない.骨髄異形成症候群(MDS)に合併するものが50%以上を占めることから,骨髄に由来する肺胞マクロファージの分化や機能の異常が想定されている(Ishiiら,2011).遺伝性肺胞蛋白症には,GM-CSF受容体の変異や欠損,サーファクタント蛋白BあるいはCの欠損あるいは変異が報告されている.
診断
 基本的に病理診断による(図7-6-1).すなわち,左右肺に肺病変をきたした症例で1)肺のH-E染色標本で末梢気腔内に0.2 μm大の細顆粒状物質が充満する.これらの細顆粒状物 質に数十 μm大の好酸性顆粒状物質と数 μm幅の裂隙が混在する.2)末梢気腔内の細顆粒状物質はPAS 染色で陽性所見を示す.3)末梢気腔内の細顆粒状物質は免疫染色でサーファクタントアポ蛋白A(SpA)に陽性所見を示すという特徴がある.現実的には,すべての症例で生検が可能であるとは限らないので,次の①と②を満たすときに肺胞蛋白症と診断している.①肺高分解能CTで,すりガラス様陰影をみとめる.②気管支肺胞洗浄(BAL)液で白濁の外観を呈し(図7-6-2),光顕で,顆粒状の外観を呈する好酸性,無構造物質の沈着や,泡沫マクロファージ(foamy macrophage)がみられる. 肺胞蛋白症の診断が確定したら,分類のために血清抗GM-CSF自己抗体を測定する.自己免疫性肺胞蛋白症では,血清抗GM-CSF自己抗体価が0.5 μg/mL以上のときに診断する.0.5 μg/mL未満のとき,続発性肺胞蛋白症または先天性肺胞蛋白症を疑い原疾患の検索を行う.わが国の続発性肺胞蛋白症40症例の調査では,血液疾患に合併するものが70%を占め,さらにその中でもMDSに合併するものが,最も多い(Ishiiら,2011).
臨床症状
 自己免疫性肺胞蛋白症で最も頻繁にみられる症状は,労作時呼吸困難で,54%の患者にみられる(Inoueら,2008).ついで,咳,痰がある.無症状のものも,31%にみられる.発熱,体重減少はまれである.在宅酸素療法の適応となる室内気での動脈血酸素分圧が,60 torr未満の患者は,22%である.続発性肺胞蛋白症では,労作時呼吸困難が40%にみられるが,自己免疫性と異なるのは,発熱が38%にみられることである.
画像所見
 胸部単純X線写真では,両側対称性に広がるすりガラス様陰影(GGO)が特徴的である(図7-6-3).高分解能CTでは,GGOはほぼ100%にみられるが,さまざまな形状をとる.自己免疫性肺胞蛋白症では,GGOは,71%において散布性,地図状である.crazy paving pattern(図7-6-4)が典型とされているが,自己免疫性肺胞蛋白症で71%,続発性でも14%にみられる(Ishiiら,2009).GGO分布は,自己免疫性肺胞蛋白症では下肺野に濃く,上肺野では薄くなっており,胸膜直下,横隔膜直上はGGOがないことが多い.一方,続発性肺胞蛋白症では,一様,広汎であり,胸膜や横隔膜まで連続している.
治療・予後
 自己免疫性肺胞蛋白症の20%が自然寛解する.また,42%が室内気で動脈血酸素分圧が70 torr以上であるため,去痰薬の投与など,保存的に治療されていることが多い.しかし,約20%は呼吸不全が進行し,死亡例もある.動脈血酸素分圧が70 torr未満で,日常生活に支障をきたすような労作時あるいは安静時呼吸困難がある場合,①全身麻酔下の全肺洗浄,あるいは,②気管支ファイバースコープによる反復区域洗浄,あるいは,③顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)の吸入を試みる.①では,1年後に80%の患者が治療前に比べて改善しているが,5年後では37%の改善にとどまる.②はわが国ではよく行われているが,効果は明らかではない.③は,GM-CSFがわが国では未承認薬であるため,施設の倫理承認を得て,臨床研究として実施されている.肺胞-動脈血酸素分圧較差の改善を指標とした奏効率は62%である.[中田 光]
■文献
Inoue Y, et al: Characteristics of a large cohort of patients with autoimmune pulmonary alveolar proteinosis in Japan. Am J Respir Crit Care Med, 177: 752-762, 2008.
Ishii H, Tazawa R, et al: Clinical features of secondary pulmonary alveolar proteinosis: premortem cases in Japan. European Respir J, 37: 465-468, 2011.
Ishii H, Trapnell BC, et al: Comparative study of high-resolution CT findings between autoimmune and secondary pulmonary alveolar proteinosis. Chest, 136: 1348-1355, 2009.
Kitamura T, et al: Idiopathic pulmonary alveolar proteinosis as an autoimmune disease with neutralizing antibody against granulocyte/macrophage colony-stimulating factor. J Exp Med, 190: 875-880, 1999.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「肺胞蛋白症」の解説

肺胞蛋白症
はいほうたんぱくしょう
Pulmonary alveolar proteinosis
(呼吸器の病気)

どんな病気か

 肺胞腔(はいほうくう)(空気を入れる袋状のところ)に脂質に富んだ蛋白様物質が充満してくる病気です。正常な肺胞の表面には表面活性物質(肺サーファクタント)があり、その結果、肺胞という袋に表面張力が作用して、肺胞がつぶれないようになっています。貯留物質の主な成分はこの肺サーファクタントです。30~50歳の喫煙男性に多く認められる病気です(図36)。

原因は何か

 肺サーファクタントは肺胞をおおう細胞でつくられ、肺胞にいるマクロファージという細胞に取り込まれて分解されます。このためこの過程に障害が起こると、肺サーファクタントが必要以上に肺胞腔を満たすことになり、ガス交換が損なわれて呼吸器症状が現れてきます。

 原因不明の一次性のものと、免疫異常を引き起こす血液悪性疾患や感染症などによる二次性のものがあります。近年、一次性肺胞蛋白症の原因として、顆粒球(かりゅうきゅう)マクロファージコロニー刺激因子(GM­CSF)の欠損やGM­CSFに対する自己抗体の存在との関連が示唆されています。

症状の現れ方

 初発症状として、活動時に息切れを感じることが多いのですが、無症状で胸部単純X線検査で偶然発見されることもまれではありません。

検査と診断

 胸部単純X線像では、肺門周囲すなわち肺の内側領域に強い浸潤影(しんじゅんえい)を示します。これは、胸壁や横隔膜に近い部位は呼吸運動により物質がたまりにくいからです。胸部CT像で、メロンの皮のような地図状のすりガラス陰影が確認されれば、診断に近づきます。

 血液検査も有用で、KL­6、SP­A、SP­Dという物質が高値となり、進行例ではLDHやCEAなどの値が上昇してきます。

 確定診断には、気管支ファイバースコープを使って気管支肺胞洗浄を行い、乳白色の混濁液(こんだくえき)を確認したり、肺組織の生検を行って肺胞腔に脂質に富んだ蛋白様物質の充満像を確認します。

治療の方法

 アンブロキソール(ムコソルバン)の内服により改善をみることがありますが、肺胞腔内の貯留物質を機械的に洗浄排出することが基本です。気管支鏡を使ったり、全身麻酔をかけて洗浄を行います。気管支鏡では、1回50mlの加温生理食塩水で洗浄を繰り返します。進行例では全身麻酔を行い、片側の肺を洗浄します。

 近年、GM­CSFの皮下注射や吸入投与により改善したという報告がありますが、健康保険の適用外です。

 ステロイド薬の投与は禁忌です。二次性のものでは原疾患の治療が重要です。

病気に気づいたらどうする

 呼吸器内科を受診し、確定診断のもとに治療法を決定します。日和見(ひよりみ)感染(感染症にかかりやすい状態)の頻度が高いため、肺洗浄などの積極的な治療が望まれます。

千田 金吾


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「肺胞蛋白症」の解説

はいほうたんぱくしょう【肺胞たんぱく症 Pulmonary Alveolar Proteinosis】

[どんな病気か]
 肺胞とは、薄い壁に囲まれた小さな袋で、中には空気が入っています。
 肺胞の壁には細い血管があり、肺胞中の空気に含まれる酸素をこの血管を流れる血液に取り込むとともに、血液中の二酸化炭素を肺胞の中に取り出しています。
 すなわち肺胞は、呼吸という、人間の生命活動になくてはならないたいせつなガス交換が行なわれる袋なのです。
 肺胞たんぱく症は、この肺胞の中にたんぱく質のような物質がたまって、ガス交換が障害される、まれな病気です。
 進行すると、せきやたんが出たり、からだを動かしたとき(労作時(ろうさじ))に息苦しいという症状が出てきます。
[原因]
 このたんぱく質のような物質は、実際は、たんぱく質とある種の脂肪(リン脂質)からできており、肺胞の壁を構成するⅡ型細胞という細胞が、肺胞の中につくり出すものと考えられています。
 しかし、なぜこのようなものがつくりだされるかという原因については、今のところ不明です。
[検査と診断]
 胸部X線写真を撮ると、微細な粒状の影が肺全体にみられます。
 この部分の気管支にファイバースコープを挿入して、生理的食塩水で洗浄すると、米のとぎ汁のような白く濁った液が回収され、診断が確実になります。
[治療]
 この病気の4分の1から3分の1は自然に治ります。そのため、症状のないときは、注意深く、そのまましばらく経過を観察します。
 症状があるときは、全身麻酔をかけて、カーレンスチューブという管を使って肺胞を片方ずつ数回、生理的食塩水で洗浄し、米のとぎ汁のような液を取り去ります。
 これが成功すると、肺はきれいになり、再び病気が生じることは少ないようです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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