国民保険法
こくみんほけんほう
1911年,イギリス自由党内閣で制定された社会保障法
ロイド=ジョージ蔵相が,ビスマルクの実施した社会保険制度をモデルに,健康保険と失業保険の両者を含むものとしてまとめた。保険の掛け金は,被用者・雇主・国家が分担し,被用者は無料で医療を受けられることとなった。第二次世界大戦後には,労働党のアトリー内閣で「ゆりかごから墓場まで」の標語のもとに,包括的な国民保険制度が成立した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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国民保険法(こくみんほけんほう)
National Insurance Act
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の国民保険法の言及
【イギリス】より
…また,寡婦,孤児にも年金が支給されることとなった。1911年国民保険法は健康保険と失業保険を制定したが,とくに後者は世界最初の制度であった。イギリス社会保険の特色は,適用を免税点以下の低所得労働者に限定し,均一拠出均一給付というフラット制を採用したこと,保険料の拠出には雇主と労働者のほか国も加わるという三者拠出制がとられたことがあげられる。…
【ロイド・ジョージ】より
…保守党多数の上院がこれを否決すると,翌年政府与党は2度にわたる総選挙に勝利して,11年上院の権限を大幅に削減する〈議会法〉を通過させた。また同年彼は〈国民保険法〉を成立させ,イギリス社会保障制度の基礎を築いた。14年第1次世界大戦の危機に直面すると,いちはやく総力戦に備えて戦時財政への切替えに敏腕を振るい,翌年連立内閣の軍需相に転じ,軍需生産拡大に奮闘した。…
※「国民保険法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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