保険(読み)ほけん(英語表記)insurance

日本大百科全書(ニッポニカ) 「保険」の意味・わかりやすい解説

保険
ほけん
insurance

技術が高度に発展し複雑化している現在の社会にはさまざまなリスク(危険)が存在し、そのなかで私たちは生活している。保険という経済制度はリスク・マネジメントの一部を占めている。リスク・マネジメントとは、リスクを効果的に処理するための経営管理上の一手法をいう。その方法は、(1)リスクの確認、(2)リスクの分析、(3)リスク制御方法の選択、(4)リスク制御方法の実行とその結果に対する評価、からなっている。そして、前記(3)のリスク制御方法として第一にリスク・コントロールがあるが、これは事故の予防と軽減を意味する。第二はリスク・ファイナンシングであり、これは事故が発生した後の資金繰り計画を意味する。リスク・ファイナンシングは(1)リスクを他人に転嫁しない貯蓄・自家保険と、(2)リスクを他人に転嫁する保険に区別される。

[金子卓治・坂口光男]

近代的保険の成立

保険史をみると、保険には二つの流れがある。一つは古代のコレギア・テヌイオルム、中世のギルドなどにみられた相互救済の制度であり、もう一つは、取引によって偶然的損害を他に転嫁しようとするもので、古代においては海上貸借として、中世のイタリアにおいては冒険貸借として広く行われた契約である。当事者のいずれもが前期的資本であり、営利的取引であったという点から、近代的保険の系譜を海上貸借、冒険貸借に求めるのが順当であろう。

 しかし、保険を取引として把握することが許されるとしても問題はある。というのは、保険を個々の取引としてみた場合、他の売買、貸借などの取引と異なった性格をもっているからである。売買取引、貸借取引は、それを個々の取引としてみても、当事者に利害の相違はあるが合理的な取引である。ところが、保険の場合、それを個々の取引でみると、その取引の対象となる事故の発生は偶然によって左右されるから、取引の当事者の行為には賭博(とばく)性、射倖(しゃこう)性を伴っている。このため保険引受けが営利的な企業として成立するためには、この賭博性の排除、つまり合理的料率制度の成立ということが主体的条件となり、この条件は、近代的な資本主義経済の登場による付保物件の増大という客観的条件によって満たされる。

 このような特殊な保険取引が近代的保険として成立する過程は、まず、資本主義社会における社会的再生産の中心としてもっとも重要な資本の運動部面における偶然的損害の填補(てんぽ)ということを中心に展開され、営利的企業による保険はまず企業保険(歴史的には14世紀に海上保険、17世紀に火災保険)として確立された。保険業(保険資本)は、単に資本の偶然的災害だけを対象としなければならない性質のものではない。すなわち、資本のもとで営まれる家計の不安が存在する限り、保険としての本質的基盤は同一であり、それを対象として、保険資本がこの部面での危険負担活動を新たに行うことが可能となり、18世紀には家計保険である生命保険業も成立したのである。その後登場してきた新種保険は、保険資本が、資本主義の発展に対応して、新たな利殖部面を求めて展開、発展した姿としてとらえることができる。

 なお、19世紀末に始まった社会保険においては、保険者は営利追求を原則とする個別的資本ではなく、いわば社会的総資本(国家、自治体など)であり、その性格を異にするが、社会保険が対象とするのは、資本によって生み出された労働者階級の家計の不安であり、したがって保険としての本質的基盤は同一であるから、すでに確立された近代的保険制度において採用されている保険技術が、社会保険のために利用されることになる。

 日本にも古くから保険に類似したものはあったが、近代的な保険制度は、明治維新後に欧米から導入されたものである。欧米の保険制度を日本に初めて紹介したのは福沢諭吉(ふくざわゆきち)で、1867年(慶応3)刊行の『西洋旅案内』のなかで、「災難請合の事 イシュアランス」と題し、「人の生涯を請合ふ事」「火災請合」「海上請合」の3通りの災難請合について解説している。保険事業そのものは、いくつかの試行を経たのち、本格的には、1879年(明治12)の東京海上保険会社(東京海上火災保険株式会社の前身。2004年に東京海上日動火災保険株式会社となる)、1881年の明治生命保険会社(明治生命保険相互会社の前身。2004年に明治安田生命保険相互会社となる)、1887年の東京火災保険会社(のちの安田火災海上保険株式会社。2002年に株式会社損害保険ジャパンとなり、さらに日本興亜損害保険と経営統合し、2014年、損害保険ジャパン日本興亜となる)の設立によって始まった。

[金子卓治・坂口光男]

保険の分類

保険は、いろいろな標準に従って次のように分類することができる。

(1)公保険と私保険 公保険とは、国家その他の公共団体が公的な政策の実現手段として運営する保険をいい、社会政策実現手段としての社会保険、経済政策実現手段としての産業保険などに分けられる。健康保険、雇用保険(失業保険)、厚生年金保険、労働者災害補償保険などは前者に、森林火災保険(森林保険)、中小企業信用保険、貿易保険などは後者にあたる。これらの公保険制度にあっては、国家その他の公共団体が自ら保険者となって、直接的に保険を引き受けることが多いが、保険の利益を受ける者によって結成された特殊の公法人または私法人たる保険組合をして元受保険を引き受けさせ、国家がその再保険を引き受ける方式によることもある。これに対し私保険は、関係者の純然たる私経済的見地から運営される保険をいい、国家その他の公共団体からの財政的補助・助成は予定されず、いわゆる加入強制はない。

(2)物(ぶつ)保険ないし財産保険と人(じん)保険 保険事故発生の客体を標準とした分類。財産保険とは、加入者の財貨について生じる事故を保険事故とするものをいい、とくに具体的な物について生ずる事故を保険事故とするものが多く、これを物保険という。財産保険は、その保険事故の客体や種類のいかんにより多くの種類に分けられるが、おもなものには船舶保険、積荷保険、火災保険、運送保険、盗難保険、航空保険、自動車保険、賠償責任保険、動産総合保険、信用保険、保証保険などがある。人保険は、人体について生じる事故を保険事故とする保険であり、生命保険、疾病保険、傷害保険などがある。

(3)損害(不定額)保険と定額保険 保険事故発生に際して支払われる保険金の額の定め方いかんを標準としたもの。財産保険または物保険は原則として損害保険である。これに対し人保険は定額保険が原則であるが、傷害保険などで不定額保険の場合もある。

(4)損害保険と生命保険 日本の保険法や保険業法では、保険を損害保険と生命保険に分けて規定を設けている。実務上も保険をこの両分野に分けるのが普通である。しかし、この分類は理論的には正しくない。損害保険は保険者の支払うべき保険金の額の決定方法を分類の標準とするが、生命保険は保険事故の対象ないし種類を標準とするからである。ただし、実際上はさほど不都合とはいえない。

(5)企業保険と家計保険 企業保険は主として企業が企業経済の不安に対処するために利用する保険をいい、その保険料は企業の経理から支払われるもので、海上保険、企業用の建物や機械の火災保険などはこれに属する。家計保険は家計の不安に対処するために家計担当者が利用する保険であり、保険料は個人の家計のなかから支払われる。普通の生命保険、一般家庭の住宅や家財道具の火災保険などはこれに属する。経済理論上はもっとも正しい分類である。

[金子卓治・坂口光男]

保険の機能

保険は、偶然に発生する事故によって生ずる経済的不安を除くことを目的とするが、その機能の形成は企業保険と家計保険とでは異なっている。

 まず、合理的料率制度を主体的条件とし、資本主義経済の登場を客観的条件として成立した企業保険(保険資本)の特別の機能をみる。いうまでもなく保険は生産ではなく、保険資本も生産資本ではない。資本主義社会において、生産資本(産業資本)でない資本形態が特殊資本として実在し、自立化しうるためには、第一次的には産業資本の機能の一部が、特殊機能として自立化しなければならない。ところで、資本は偶然的な事故・災害から自己を守らなければならないが、再生産過程を不安なく進行させるためには、この偶然的な事故・災害に備えて相当額の貨幣を用意しておく必要がある。この貨幣は資本の生産・流通に直接関係なく追加的にもつべき特殊な貨幣準備金である。そして資本はこの貨幣準備金をより合理的にしかも少額にとどめようと努める。そこから保険取扱労働が登場する。この保険取扱労働を代行して自立化したのが保険資本である。保険資本は保険取扱労働を専業的に担当するが、そのことによって、先の追加的貨幣準備金と、保険取扱労働に伴う費用(あわせて保険料となる)を節約するという社会的機能を果たすことになる。

 これに対してもっぱら家計保険として自立化している生命保険資本(生保資本)も、本来の機能として保険取扱業務を行うが、この機能は企業保険の場合と異なって、産業資本の機能が分化、自立化したものとして遂行されるのではない。したがって生保資本は、その本来の保険業務において産業資本との関係をもたない。このため、企業保険の場合は資本が自ら進んで保険契約を取り結ぶのに対し、生命保険においては、その加入者の支払う保険料が家計所得を源泉とし、一般に消費生活においては将来財より現在財が選好される傾向があるため、加入者獲得のために、家計に対して積極的に働きかけなければならない。

 なお、保険はひとり加入者に対して保障を約し、経済不安を除くだけではなく、そのことによって他人にも安心感を与え、社会的信用を高からしめる。貿易における海上保険、担保物件に対する火災保険など、もしこれらの保険契約がなければ、取引も貸借も円滑には行われないであろう。

 以上は保険の本来の性格と機能であるが、その営業、取引量の増大に伴って、負担危険が平準化され、保険金支払いの必要度は相殺されて減少し、その結果保険資本の手元に貨幣が累積沈殿することになり、この沈殿した貨幣が、貨幣資本として新たな利殖部面を求めて他用され投資される。ここに他の分野に進入した保険の金融機関的機能が生まれてくる。

[金子卓治・坂口光男]

保険の経営

保険取引の特異性ということもあって、保険経営の原則として大要次のものが考えられる。

(1)危険大量の原則 多数の契約を獲得することは、単に保険経営の収入を増すだけでなく、大数法則の作用により危険の平均化がみられるようになる。

(2)危険同質性の原則 保険経営が合理的に行われるためには、単に多数の契約を集めるだけでなく、それらの契約が危険の程度について同質的でなければならない。これは大数法則の作用により危険の平均化を図るために必要である。そこで、危険の分類と選択が必要となる。

(3)保険料適正の原則 危険の種類および程度を異にする保険の対象に対して、それぞれ適正な保険料を算出し、これを個々の場合に適用することは保険経営上重要な事柄である。保険料は相当かつ公正でなければならない。

(4)危険分散の原則 危険の平均化を図るためには、できるだけ広い範囲にわたって契約を集めなければならない。保険対象が特定の地域に集中するときは、1回の事故の発生により多大の損害を生じるからである。また、危険分散の方法として重要なのは再保険と共同保険であり、両者は危険の分割によって危険の平均化を図る手段となる。

(5)保険給付適正の原則 これは保険料適正の原則と表裏の関係にある原則であり、保険料が適正であっても、保険給付が適正でなければ、合理的な保険経営は成り立たない。適正な保険給付は、生命保険のような定額保険においては比較的容易であるが、損害保険においては困難な問題である。

(6)投資確実の原則 保険経営においては、いわゆる金融機関的業務、つまり保険料の集積による保険資金の貸付・投資業務の良否は保険経営の成績に重大な関係をもつ。

 なお、保険経営は多数の保険加入者を相手とし、かつその給付が将来にかかっているため、公益的見地から、これに対して多少とも国家の監督が加えられるのを常とする。

[金子卓治・坂口光男]

『木村栄一・庭田範秋編『保険概論』(1976/新版・1984・有斐閣)』『井口富夫著『現代保険業の産業組織 規制緩和と新しい競争』(1996・NTT出版)』『鈴木辰紀編著、今泉敬忠他著『新保険論 暮らしと保険』(2003・成文堂)』『吉澤卓哉著『保険の仕組み――保険を機能的に捉える』(2006・千倉書房)』『田村祐一郎・高尾厚・岡田太志編著『保険制度の新潮流』(2008・千倉書房)』『木村栄一他著『保険の知識』(有斐閣新書)』『福田久男著『保険の常識』(日経文庫)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「保険」の意味・わかりやすい解説

保険
ほけん
insurance

偶然的事故の発生にそなえて最小の費用を事前に負担することによって,事故発生の際の経済的保障を達成するための経済的社会的制度。火災,盗難,死亡,傷害などの偶発事故の危険にそなえようとしている不特定多数の人に,事故発生率そのほかを考えて合理的に算出した金銭 (保険料) を醵出させて共同の資金をつくっておき,事故にあった加入者にその資金から給付を行うもの。保険は中世イタリアの都市で海上保険として始ったとされるが,近代的保険事業の確立は 18世紀後半のイギリスにおいてであり,国家が社会政策のため実施する社会保険は 19世紀末のドイツに初めて出現した。その後資本主義経済が高度化するにつれて貨幣経済の浸透,生産性の増進,資本蓄積の増加,科学技術の進歩,消費生活水準の向上が推進されていく反面,巨大な危険,新しい危険も続々として登場するに及び多くの種類の保険が開発されてきた。保険はきわめて多くの種類があるが,これをいくつかの基本的な分類基準によって示すと,(1) 保険事故の発生する客体による分類としての人保険と物保険 (財産保険) ,(2) 保険に加入する経済単位の性格または保険料負担者による分類として企業保険と家計保険,(3) 保険料を一種の費用として把握するか,貯蓄要素が含まれているかによる費用保険と貯蓄保険,(4) 保険事業の経営主体による分類の民営保険 (私営保険) と国営保険 (公営保険) ,(5) 保険経営の動機が収益を目的とするか否かによる営利保険と非営利保険,(6) 保険給付の方法または給付水準の算定基準による定額保険と損害保険,(7) 保険加入の動機による分類の強制保険と任意保険,(8) 保険期間の長短による長期保険と短期保険,(9) 保険者が被保険者を選択する基準による個別保険と団体保険,(10) 引受けられる危険の分担関係によって元受保険と再保険,(11) 国家的政策性の有無によって経済政策保険と普通保険,(12) 日本における商法上の分類による生命保険と損害保険などがあるが,これらの分類基準も絶対的なものではなく,1つの保険をそれぞれの基準によって分類することができる。

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百科事典マイペディア 「保険」の意味・わかりやすい解説

保険【ほけん】

死亡,火災,盗難,交通事故など偶発的事故による経済的損失に備えるため,同じ危険にさらされている多数の経済主体に,合理的計算に基づき危険度に応ずる公平な負担を課し,事故が発生した場合にその者の需要をみたす制度。保険が成立するためには,1.偶発的事故による損失についてのものであること,2.保険の負担金(保険料)が大数の法則による合理的計算(保険数学)に基づくものであること,3.対象となる経済的損失が金銭に評価し得るものであること,が要件とされる。歴史的には14世紀のイタリアで海上保険として始まり,のち火災保険,生命保険が発達,産業革命以後は各種の新種保険ができ,19世紀末から社会保険が設けられた。日本では明治以後に発達。保険は損害保険生命保険および社会保険に大別され,前2者は原則として民営の保険会社が引き受けるが,社会保険は国営。民営保険は,商法で契約関係を規定され,保険業法の規制を受ける。商法では保険を生保と損保に二分しているが,いずれにも属さない保険(傷害保険,疾病保険,介護保険など)が生じてきたため,1995年改正の保険業法では,これらを〈第三分野の保険〉と区分した。同法は,第三分野へは生損保会社の本体参入を,また子会社方式による生損保相互参入を認めた。一方1998年の改正外為法で本格化したいわゆる金融ビッグバンにより,外国資本も日本の保険業界に多数参入してきている。
→関連項目相互保険民間保険

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精選版 日本国語大辞典 「保険」の意味・読み・例文・類語

ほ‐けん【保険】

〘名〙
① 死亡、火災、事故などの偶発的事故の可能性を共通に持つ人々から任意に拠出させた一定の掛け金を資金として、当該事故にあった者に一定額の保険金を与えてその損害を補償する制度。保険の目的によって生命保険、損害保険などに分かれる。
朝野新聞‐明治一二年(1879)八月二日「海上保険会社広告〈略〉物品御運送被成候御方は多少に拘はらず其保険御申附被下度候」
② 転じて一般に、予期しないことが起こったり予測どおりに行かなかったりしたときのために、あらかじめとりつけておく約束

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デジタル大辞泉 「保険」の意味・読み・例文・類語

ほ‐けん【保険】

火災・死亡など偶然に発生する事故によって生じる経済的不安に備えて、多数の者が掛け金を出し合い、それを資金として事故に遭遇した者に一定金額を給付する制度。生命保険損害保険など。「保険を掛ける」「保険に入る」

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世界大百科事典 第2版 「保険」の意味・わかりやすい解説

ほけん【保険 insurance】

リスクにさらされた人が,保険団体を形成して,自己の所定のリスクを,大数の法則を応用して計算された保険料の形に変え,これに移転しプールすることによって,偶然な事故発生の場合に損害・損失が保険団体から補償される経済制度である。リスクとは事故により損害・損失を受ける可能性(あるいは不確実性)がある状態をいう。偶然な事故には,発生の可能性はあるが必ず発生するとは予測できないもの(自動車事故,火災等)と,必ず発生するもののその時期は予測できないもの(死亡等)がある。

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