土佐国(高知県)で産出される半紙。土佐は古くから和紙の産地として知られていたが、近世の土佐紙を著しく発展させたのは、初代土佐藩主山内一豊(やまうちかずとよ)が、土佐七色紙を幕府への献上品と定めて製紙を育成したのによる。しかし、庶民用の平紙(ひらがみ)として半紙の生産量が急上昇したのは、1787年(天明7)に農民の反対運動によって専売制度が撤廃されてからのことである。そして江戸末期には、製紙戸数1万5000余、年産額700万束(ぞく)に達し、全国一の紙どころとなった。同地の吉井源太(1826―1908)は『日本製紙論』(1898)を著し、また改良漉(ず)きも創案した。現在は生産も減ったが、古くからの伝統的な技術が守られて工芸紙としても名声を保っている。標準の半紙の寸法は縦24センチメートル、横33センチメートルである。
[町田誠之]
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新