福沢諭吉の自伝。1897年秋ころ,矢野由次郎に自伝を口述して筆記をとらせ,諭吉自身が加筆・補訂して,ほぼ1ヵ年で完結した。これが公表されたのは《時事新報》紙上で,98年7月1日から翌年2月16日まで,67回で掲載を終わった。単行本としては,99年6月刊。1935年には英訳本も出版された。内容は,諭吉の〈幼少の時〉から始まって,最終の〈老余の半生〉まですべて15章に分かれているが,大半はその青年時代,つまり幕末・明治初年の間における伝記叙述に費やされており,それ以後については,最終の章でわずかに触れているにすぎない。したがって諭吉の思想形成期の貴重な資料の一つである。この場合,この著述が諭吉の最晩年期のものであり,かつ多くの誤脱を含んでいることに注意すべきであろう。
執筆者:宮川 寅雄
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福沢諭吉の自伝で、日本人の自伝のなかの傑作の一つ。1899年(明治32)刊。福沢の人生の総括ともいえるが、叙述の大半は維新までの前半生にあてられ、後半生は「老余の半生」の一節に素描されているだけで、彼が自分の人生の栄光をその前半生にみていたことを語るかのようである。少年時代、長崎修業時代、緒方洪庵(おがたこうあん)塾時代、三度の洋行、維新時代と、その叙述は平明でリアリティーに富んでおり、自伝文学の白眉(はくび)であるとともに歴史的な史料としても貴重である。彼が門閥制度を敵(かたき)とし「一身独立」のために闘ってきた前半生として、肩肘(かたひじ)張らずに描き出しているところに、その魅力の源泉があるといえよう。
[広田昌希]
『富田正文校訂『福翁自伝』(岩波文庫)』
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…その結果,初期議会における寡頭制政府と民党との抗争激化に直面して,彼の論評は,責任内閣論にもとづく原理的な論評より民党操作の戦術論に傾き,日清戦争中の城内平和の提唱にいたった。こうして彼は《福翁自伝》(1897)に日清戦争の勝利を目のあたりにした満足感を表しているが,これに前後する《福翁百話》(1897)その他の文章には,日本における資本主義や議会政治の前途についての不安がもらされていることも見逃せない。【松沢 弘陽】 福沢はまた日本の保険事業の歴史上大きな貢献をした。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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