翻訳|fiber
繊維とは細い糸状のものをいう。なお,医学では「線維」の文字を使うことが多いが,本事典では「繊維」の文字で統一することを原則とした。
生糸のように600~700mの長さのフィラメント(ほぼ無限の長繊維)と,綿花のように10~50mmの長さの短繊維とがある。太さ2~3デニール(d)の細い生糸は数本~数十本撚(よ)り合わせて糸にし,また,短繊維は紡糸によって長い糸にして紡織する。
人類は大昔から繊維を紡いで糸にし,それを織って布を作る技術を考え出し,それまでの獣皮などに替えて衣類として使ってきた。麻は人類が最も古くから利用してきた紡織用の繊維であり,古代エジプトではナイル川流域の肥沃な土地でアマ(亜麻)が栽培されていた。綿織物は中国およびインド地方で古くから利用されてきた。中国では4000~5000年前の新石器時代の住居跡から糸紡ぎ用の紡錘車や裁縫用の骨製針が出土している。絹織物は中国,インド,日本において有史以前より技術が発達し,ヨーロッパへは6世紀ころから輸出され,その通商路はシルクロードとして有名である。毛織物は,獣皮のままの利用が長く続いたので,他の繊維よりやや利用は遅く始まり,ヘブライ人が最初に作ったとされ,ペルシアおよびローマに伝わり,さらに11世紀にイギリスへ技術が渡った。
日本においては弥生時代すでに中国から養蚕が伝わったとされており,記録によれば約1700年前に巧満王(くまおう)が蚕種を中国から持ってきた。明治政府は絹織物を主要な輸出品としたため大いに発展した。日本では庶民のきものは古くは麻で,エジプトの亜麻と違って大麻であった。799年に三河地方に漂着したインド人が綿の種子を伝えたが,栽培はうまくいかず,16世紀になってようやく綿花の栽培が各地で成功し,綿布が作られるようになり,庶民の衣生活は向上したのである。
20世紀に入り,世界の工業国で化学繊維が生産されるようになった。まず,第1次大戦後からレーヨンが大量に生産されるようになり,化学繊維の工業化の道を開いたが,耐水強度が低いという欠点をもっていた。1930年代から製造され始めた合成繊維ナイロンは,原料が天然高分子でないため,従来の人造繊維と異なる優れた性質,とくに強度をもち,さらに50年代に入ると,アクリル繊維とポリエステルが大量生産される合成繊維の仲間に加わった。そのほかにも特徴をもつ合成繊維が数多く生産されている。
繊維はその生成過程で分ければ天然繊維と人造繊維に大別され,それはさらに表1のように分類される。鉱物繊維と人造無機繊維を除いて,繊維はすべて高分子化合物でできている。繊維を構成する高分子は一般に,天然繊維であれば生体そのもので構成され,合成繊維であれば化学反応によって,モノマー(単量体)を数百ないし数千個結合してポリマー(重合体)にしたものである。この直鎖状高分子は繊維の長さ方向に配列したフィブリル(微小繊維)を作り,さらにフィブリルが集合して繊維を形成する。
植物繊維は,種子毛繊維の綿花が世界中で最も大量に生産され,全繊維に占める割合は約50%であり,生産高も年々増加している。ほかに生産高は大きくないが,植物の皮から作られる亜麻や大麻,および葉柄から採った繊維であるマニラ麻など,植物の各部位から採って作られる。これらはおもにセルロースからできている。生産されている動物繊維は大部分が羊毛である。羊毛の世界生産高は年産約160万tである。羊毛と同じくタンパク質からできている絹は,1937年に5万4000t生産されたものが,第2次大戦の影響もあって45年には1万1000tと最低を示したが,近年再び5万7000tくらいに増加した。1940年に生産統計に初めて現れた合成繊維は,目覚ましい増加をみせ,世界主要工業国で大量に製造されるようになっており,95年には1847万tに達し,繊維需要増の大部分をまかなっている。合成繊維のほかに顕著な生産増を示したものは綿花であった。人造繊維のレーヨンとアセテートは,合成繊維の品質の優秀さと多様さに押され,247万tである(1995)。
日本で生産される天然繊維は生糸を除いて,綿花や羊毛はもっぱら粗原料で輸入されるので,世界生産高に占める割合は微々たるものである。しかし化学繊維の生産高はきわめて大きく,世界生産高に占める日本の割合は約7.7%と高く,世界第4位である(1995)。日本ではレーヨンが最初に作られた化学繊維で,1916年に米沢人造絹糸製造所(後に帝人)が生産を開始した。51年に東レがナイロンを工業化し,57年にアクリル繊維,58年にポリエステル繊維の生産が開始された。日本におけるポリエステルの96年の生産高は72万tで,アクリル39万tおよびナイロン21万tを圧倒している。衣料用としてポリエステルからは異形断面糸などが作られ,天然繊維の風合いや光沢に近いものが得られるので,今後ますます生産量は増加するだろう。レーヨンの生産高は減少したが,96年で約15万t製造された。日本で生産されている,水よりも軽い繊維であるポリプロピレン繊維は,81年に3万6000t,ポリエチレン繊維は4500t製造された。
(1)繊度fineness(太さ)および長さ 繊維の断面は完全な円形ではないので,直径や断面積では表せない。したがって,繊維の太さは,一定の長さに対して重量がいくらかを表す恒長式の〈デニール(d)〉か,一定の重さに対して長さがいくらかを表す恒重式の〈番手〉で表現される。一般に,細い繊維ほど高級な糸が作れるので,優良とされる。ある程度自由に太さを制御して作れる人造繊維に対して,天然繊維はだいたいの太さが種類によって決まっている。表2におもな繊維の太さを示す。綿花の太さは12~28μmであり,長さは最高の綿であるシーアイランド綿(アメリカの南北カロライナ州,ジョージア州の諸島で栽培され,海島綿ともいう)が38~51mm,エジプト綿35~45mm,ソ連綿は改良品種で30mmである。インド綿とパキスタン綿の在来種は10~20mmであり,品質はアメリカ綿よりかなり劣る。アメリカのアップランド綿は品質はシーアイランド綿に劣るが,アメリカ綿のなかで量的に最も多量に生産されており,現在では,品質がよいので南アメリカ,インド,アフリカ,旧ソ連,中国などでも栽培されている。合成繊維は,近年1μmくらいの極細繊維が作れるようになり,人工皮革の製造に利用されている。
(2)強度と伸度 繊維の使用上最もたいせつな性質は強度と伸度である。強度は引っ張って切れたときの荷重の大きさで表す引張強度tensile strength,屈曲強度や摩擦強度などあるが,引張強度が強さの代表的なものである。ヤング率の大小は,単繊維については,繊維の硬さを表すとみてよい。表3に示すように,羊毛およびアセテートの強度はそれぞれ1.0~1.7gf/d,1.3~1.6gf/dと低いが,ナイロン(強力)の強度(標準時)は6.4~9.5gf/dと高い。超高強力繊維と呼ばれる炭素繊維の引張強度は16~21gf/dときわめて高く,またアラミドのフィラメントは引張強度26gf/dに達するものがある。
(3)比重 植物および動物繊維の比重は,表2に示すように,だいたい1.3~1.6くらいである。綿花は比重1.47~1.52とやや重い。衣料用には軽いものほどよいが,漁網ではある程度の重さがないと適当な沈降速度が得られない。ポリエステルは1.38と中位であるが,ナイロンは1.15と軽い。重いものでは分子内に塩素を含むサランの比重が1.70であり,最も軽いものは水に浮く唯一の繊維であるポリプロピレン繊維の0.90である。
(4)紡糸性 繊維を紡いで糸にする工程では,細い繊維が互いにからみ合って抜けなくなる状態が作り出されるが,このとき綿のようなねじれた繊維や羊毛のようにスケール(クチクラのことで,樹皮のように繊維の表面についている鱗片状組織)をもつ繊維は,繊維間の相互作用が強く,紡糸性に優れている。合成繊維などでは繊維に巻縮を与えて,紡糸性の向上を図っている。
代表的な繊維の電子顕微鏡写真を図に示す。綿繊維はよじれた偏平な形をとっているが,これは綿繊維が綿実の中にあるとき中心に細胞液を含む中空糸であり,綿実が割れた後,水分が蒸発して繊維が収縮する際に形成される。羊毛は鱗片状細胞(スケール)に取り巻かれた表面構造をとっており,この構造によって羊毛のフェルト性(縮充性)が出てくる。絹繊維は三角断面をとっており,それによって独特の光沢を出す。リネン繊維は長い微小繊維が集まってできている。ナイロン6,ポリエステル,スパンデックスは普通は円形断面の繊維であるが,多くの異形断面糸も作られている。
絹光沢を出すための三角断面糸,沈んだ底艶の梳毛(そもう)服地の感じをもたせるための六角や八角断面糸,羊毛の風合いを出すためのらせん状のウーリー糸,およびさまざまな中空糸が製造されている。
→化学繊維
執筆者:瓜生 敏之
主として植物細胞のうち,厚い細胞壁(二次壁)をもち,細長い形をもった細胞を繊維(繊維細胞)と呼び,繊維が集まってつくる組織を繊維組織という。繊維組織は植物体に強固さを与え,植物体を支持する機械的な役割をもつ。師部,木部にある場合は,師部繊維,木部繊維と呼ばれるが,維管束全体,あるいは一部をとり囲むようにしていることもあり,また維管束とは独立に存在することもある。一般に多くの被子植物の材には道管と繊維があるが,多くの裸子植物の材は仮道管をもち,道管や繊維をもたない。系統的には仮道管だけをもつものが比較的原始的であり,道管と繊維をもつものがより高等であると考えられ,道管を構成する個々の細胞,すなわち道管要素と繊維とは,系統的には仮道管に関連が深いと考えられている。すなわち,仮道管が特殊化して道管や繊維が由来したと考える。実際に繊維仮道管と呼ばれて,仮道管と繊維との中間的な形をもつものもある。
執筆者:原 襄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に細くて長い物質をいうが、その細さに明確な限界があるわけではなく、だいたい肉眼で判定できる程度としている。長さは、その太さの100倍以上とされている。ある物質が繊維になるためには、その物質を構成する分子が細長い糸のような線状の高分子であることが必要な条件である。分子量が小さいと優れた性能の繊維は得られない。
天然繊維はそれが繊維であるために一定の機能をもっている。羊毛は保温のために繊維自体が縮れ、かさばり、空隙(くうげき)が多くなっているし、また可撓(かとう)性も大きい。生糸は蛹(さなぎ)を保護するためにじょうぶでしかも細いものである。とくに美しく、肌ざわりもよいので、それからの絹織物は貴重品とされ、中国からシルク・ロードを通じてヨーロッパに運ばれた。木綿は植物の種子毛繊維であり、長い毛と短い地毛の2種類よりなり、前者は紡績して綿糸をつくり、おもに衣料に用いる。後者はキュプラなどの原料でリンター(綿花の短繊維)といい、工業上重要なセルロース誘導体の原料となっている。
科学技術の発展とともにまず天然高分子を原料とした再生繊維が、続いて純化学合成品たる合成繊維の発明へと進んでいった。
繊維の強さ、たとえば引張り強さや弾性率また熱的性質の融点、ガラス転移点などその実用性と密接に関係する性質は、繊維を構成している高分子の分子間力、結晶性、剛性などが大きい影響をもっている。さらにもっとも生産量の多い衣料用繊維になるためには、肌ざわりのよさ、染色性、洗濯性のよいことや、その他の副次的な条件が必要となってくる。
[垣内 弘]
動物の組織中にある細長い構造で、医学では「線維」を使う。細胞性のものと非細胞性のものがある。細胞性のものは、細胞自体が細長い場合(筋繊維)と、突起が長い場合(神経繊維)とを含む。非細胞性の繊維には膠原(こうげん)繊維、弾性繊維があり、主として結合組織の強度を保つのに役だっている。動物繊維には内部にさらに微細な繊維がある場合があり、原繊維(筋原繊維など)といわれる。特殊なものとして哺乳(ほにゅう)類の毛、昆虫の幼虫やクモが体外に出す糸なども繊維とよばれ、衣料などに利用される。
[大岡 宏]
植物学上でいう繊維とは、厚壁細胞の一種で、幅のわりに長さが非常に長く、また両端のとがった繊維細胞またはその集合をさす。細胞壁は通常木化するがセルロースだけの場合もある。厚い細胞壁には多数の細隙(さいげき)状の壁孔があり、細胞内腔(ないこう)は非常に狭く、成熟後に原形質を失う場合が多い。繊維細胞は皮層、維管束、髄、葉柄、葉身など植物体の各部分に存在し、細胞の形や長さは異なってもすべて機械組織として体を強固に保つのに役だっている。
なお、実用上で繊維という場合は、植物学でいう前述の繊維のほかに、いろいろな組織や茎、葉などの器官まで含めて使われる。このような広義の繊維は、植物体内における存在部位、またはその性質などによって、靭皮(じんぴ)繊維、木質繊維、硬質繊維、種毛繊維、その他に分けることができる。靭皮繊維は主として茎の二次篩部(しぶ)にあり、もっとも広く利用される。アサ、アマ、ジュート、コウゾ、その他の靭皮繊維は、その性質によって糸、綱、織物、帆布、和紙などの原料となる。木質繊維とは木部繊維のほかに道管や仮道管が混合したものをいい、製紙パルプの原料となる。主としてエゾマツやトドマツなどの針葉樹の材が用いられる。硬質繊維は主として単子葉植物の茎や葉の維管束およびその周辺の厚壁組織を利用するもので、マニラアサ、アナナス、シュロなどが縄や綱の原料とされている。種毛繊維は種子表面の毛を利用するもので、広く栽培されているワタが好例である。茎や葉がそのまま利用されるものには、縄や莚(むしろ)の原料となるイネなどがあり、その数は多い。
[相馬研吾]
繊維は、織物の原料になるばかりでなく、メリヤス、レース、網、綱索、打紐(うちひも)、フェルトなど、繊維製品全般の原料や、また紙などの原料となるもので、用途によって紡織用繊維、製綱用繊維、製紙用繊維、パルプ用繊維などに分類することができる。ここでは紡織用繊維をおもに取り上げる。
紡織用繊維の性状としては、(1)太さまたは繊度、(2)長さ、(3)比重、(4)強度と伸度、(5)ヤング率、(6)吸湿性、(7)熱伝導性、(8)可紡性、(9)帯電性、(10)脆化(ぜいか)、(11)化学薬品に対する抵抗性、などが問題となる。しかし、すべての繊維がこの性状にかなったものではないから、繊維を使用するに際して目的にあった混紡・交織が行われ、さらに後処理により品質を向上させる方法がとられる。
繊維製品の原料となる繊維をその生成過程によって大別すれば、天然繊維と人造繊維に分けられる。そしてこれを細分化すれば次のようになる。
〔1〕天然繊維 (1)植物繊維(綿、麻など)、(2)動物繊維(絹、羊毛など)、(3)鉱物繊維(石綿など)。
〔2〕人造繊維 (1)無機質繊維 金属繊維(箔(はく)糸、金銀糸など)、珪酸(けいさん)塩繊維(ガラス、岩石、鉱滓(こうさい)繊維など)、(2)有機質繊維 再生繊維・繊維素系(ビスコースレーヨン、銅アンモニア・レーヨン、アセテートなど)、タンパク質系(メリノーバ、アーデイル、ビカラなど)、半合成繊維・繊維素系(アセテート、酸化スフなど)、合成繊維(イ)ポリアミド系(ナイロン、アミランなど)、(ロ)ポリエステル系(テリレン、テトロンなど)、(ハ)ポリウレタン系(ベルロンなど)、(ニ)ポリエチレン系(ワイネン、リーボンなど)、(ホ)ポリ塩化ビニル系(ロービル、デクロン、ダイネルなど)、(ヘ)ポリ塩化ビニリデン系(サラン、クレハロンなど)、(ト)ポリビニルアルコール系(ビニロンなど)、(チ)ポリアクリル系(カシミロン、エクスラン、ボンネル、アクリランなど)。
この繊維を形状のうえからみると、(1)長繊維、(2)準長繊維、(3)短繊維に分けることができる。長繊維(フィラメント)は、天然繊維では絹、化学繊維では紡出したままのものがこれに属する。準長繊維は、植物繊維のうち靭皮(じんぴ)繊維、草皮繊維がこれに入る。短繊維(ステープル)は、木綿、羊毛の天然繊維のほか、化学繊維のうち紡出したものを適当な長さにカットしたものが含まれる。
天然繊維の利用はすでに有史以前からのことであるが、人造繊維の製造が完全に工業化されたのは1890年以後のことであり、利用方面で本格的に活用され始めてから半世紀を経たにすぎない。しかし、品質は年ごとに飛躍的に改善されたため、その進出はきわめて急速で、年々天然繊維の消費分野を著しく侵食し、繊維間競合を演じている。
繊維の種類を鑑別するには、燃焼による方法、薬品に溶かしてみる方法、顕微鏡による方法、呈色反応をみる方法などがあるが、もっとも簡単なものは、燃焼による方法で、燃焼状態、におい、灰の状態によって判定する。繊維の試験方法については日本産業規格(JIS(ジス))に規定している。
[角山幸洋]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 支持組織は細胞間質に富み,細胞がそれに埋もれたように散在する骨,軟骨,結合組織などは,体や器官の形を保つ枠組として働いている。細胞間質は繊維と基質とからなる。発生初期に内・外胚葉のあいだに落ち込んだ細胞から生ずる組織で,まばらな網状につながりあった構造をもつ。…
※「繊維」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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