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土方成美 ひじかた せいび

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土方成美 ひじかた-せいび

1890-1975 大正-昭和時代の経済学者。
明治23年7月10日生まれ。土方寧(やすし)の養子。大正10年母校東京帝大の教授。昭和13年河合栄治郎の著書発禁処分で激化した経済学部内の抗争で反河合派のリーダーとなる。翌年平賀譲(ゆずる)総長による粛学で休職,のち免官。戦後は中央大,独協大の教授。昭和50年2月15日死去。84歳。兵庫県出身。旧姓は町田。著作に「マルクス価値論の排撃」など。

土方成美 ひじかた-しげよし

ひじかた-せいび

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世界大百科事典内の土方成美の言及

【平賀粛学】より

滝川事件(1933)以来帝国大学内の自由主義者に対する右翼勢力の攻撃は強まっていたが,荒木貞夫の文相就任(1938)以来,文部省も大学の自治への介入の姿勢をいっそう強めていた。そのころ同学部では,河合栄治郎を中心とする一派と,土方成美などのファッショ的勢力との間で対立が続いていた。1938年10月河合の著作が発禁処分にあうや,大学人としての河合の処分を要求する学内外の右翼勢力の動きは高まりを見せた。…

【矢内原事件】より

…東京帝大経済学部教授矢内原忠雄は,日中全面戦争開始に当たり戦争批判の論文《国家の理想》を《中央公論》(1937年9月号)に執筆したが,同論文は検閲で削除処分に付せられた。しかし経済学部教授会で土方成美同学部長は突然この論文を議題としてとり上げ,反戦的言論であると批判し,翌日の新聞はこの教授会の議事を報道した。矢内原の辞職を阻止しようとする大内兵衛らは長与又郎総長への説得工作に当たり,長与総長も一時は説得に応じたが,その後新たに,矢内原の講演《神の国》における〈……この国を葬って下さい〉の言葉が問題とされるに及んでこの説得も効を奏せず,37年12月1日矢内原は辞職した。…

※「土方成美」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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