熱源プラントで冷水,温水,または蒸気をつくり,この熱媒を配管によって一つの地域,あるいは都市内にある多数の建物に送り,冷暖房を行うシステム。同一敷地内の複数の建物に対する小規模の施設の場合には,地区冷暖房またはブロック冷暖房ということもある。
地域暖房district heatingは,欧米では火力発電所やごみ焼却炉の排熱を周辺建物の暖房・給湯や生産プロセスに利用することを目的として,19世紀後半に出現した。例えば,ニューヨークの高層ビルの林立するマンハッタン地区では,1882年に火力発電所の排熱を利用して,62棟のビルに蒸気の供給を始めた。ヨーロッパでも,これと相前後して,ごみ焼却などの排熱利用による地域暖房が出現し,徐々に普及したが,とくに第2次大戦後,新しい住宅団地の建設に際して積極的にとり入れられた。スウェーデンのストックホルム郊外などには原子力発電の排熱利用による地域暖房住宅団地が出現し,注目を集めた。欧米の諸都市では,地域暖房は都市施設の一環として普及・定着しているところが多いが,これは気候条件がきびしいこと,生活水準が高く暖房・給湯の需要が大きいことによる。日本では,経済活動の活発な大都市が比較的温暖な気候地域に属していたこともあって,住宅に対する集中暖房の需要はきわめて低く,欧米のような地域単位,あるいは都市単位の大規模な集中暖房は,オフィスビル街にも,近年まで見られなかった。ただ大学キャンパスのように同一敷地内に複数の建物が存在するところでは,関東大震災後の新築建物に小規模なブロック暖房が行われた。集合住宅では,1934年に建てられた同潤会の江戸川アパートで,2棟の建物に対し1ヵ所のボイラーから配管を通して蒸気を送る集中暖房が行われたのが,日本としては最初のものである。第2次大戦後,進駐してきたアメリカ軍の宿舎などに地域暖房が採用されたが,日本の都市の中で本格的に考えられるようになったのは,経済成長が盛んになり,大気汚染が問題となり出した昭和40年代に入ってからで,1970年に万国博覧会会場で地域冷房が実施されたのを機に,その後,千里ニュータウン中央地区,泉北ニュータウン,札幌市中心部,東京の新宿新都心,丸ノ内地区など,住宅団地,オフィスビル街に次々と地域暖房が実施されるようになった。
地域冷房は,アメリカにおいては,すでに昭和の初頭に実施されていたが,本格的には第2次大戦後に各都市で行われ,ハートフォード市の中心街,ニューヨークのケネディ空港,NASA宇宙センターに隣接するヒューストンのコミュニティなどに見られる。気候条件の関係で,冷房そのものの普及が低いヨーロッパでは,パリなどの一部の市街地に採用されているにすぎず,地域暖房は早くから積極的に実現されていったが,地域冷房は今後も大規模に普及する状況にないと考えられる。日本では,前述の万国博会場に採用されて以後,冷房需要の高い商業地域を中心に次々実現,新宿の新都心,大手町地区,池袋新都心などに見られる。
地域冷暖房の利点としては,次のようなことが考えられる。(1)集中化,大規模化によって,効率的運用が可能になる。すなわち,燃料などの大量購入による価格の低減,機器の集約化による設備費の低下と運転効率の向上,ビルごとに必要だった保守要員の大幅削減などである。また,ごみ焼却,発電などの排熱の有効利用が可能となる。(2)居住環境の改善をもたらす。すなわち,建物ごとのボイラー,煙突などがなくなり,建物内への燃料の持込み,排煙による近傍汚染がなくなり,建物内外が浄化されるとともに,火災の危険性が減少するなど環境の向上となる。また,熱源機器の集約化によって大気汚染防止の方策がとりやすくなる。さらに,生活の利便性が向上する。(3)建築計画的,都市計画的なメリットを生む。すなわち,ボイラー,冷凍機などの熱源機器,燃料の貯蔵などの建築スペースが不要となり,各建物の有効面積が増大する。また,外観的にも,煙突,クーリングタワー(冷却塔)などがなくなり,すっきりする。
このような利点に対し,今後の普及に大きな障害となるのは,やはり経済的負担の問題である。熱源施設,暗きょ,配管などに対する巨大な設備投資,とくに新開発地域では,建物の建設・稼動以前に先行投資による経済的負担が大きく,稼動後も配管が長いための熱損失,動力費などが需要者側の負担にどうはね返るかが重要な問題である。今後,都市施設として定着していくには,ごみ焼却や発電などの排熱利用との組合せで考えられるべきものであろう。
執筆者:伊藤 直明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
地域冷暖房とは、個々の建物に冷暖房および給湯用の熱源を設けず、一か所に集中した熱源プラントから蒸気、温水、冷水などの熱媒を配管で供給するシステムをいい、冷房のない場合を地域暖房として区別する。
地域冷暖房の利点には、(1)大規模な熱源機器を用いたエネルギーの効率的利用、(2)大気汚染の防止、(3)エネルギーの安全利用、(4)個々の建物のスペースの節減、(5)保守、管理における全体的な省力化、などがある。
[吉田治典]
地域暖房は、イギリスのブルーネルBrunelにより、個々の住宅から排出される煤煙(ばいえん)による大気汚染を防止する目的で1830年代に考案されたが、都市全域を対象とした最初の大規模な例は、スイスのチューリヒのものである(1872)。第二次世界大戦後は、ヨーロッパの戦災復興の際に多くの都市で取り入れられ大々的に普及した。大規模な例としては、パリ、ニューヨークのものがあり、配管の総延長は百数十キロメートルに及ぶ。
一方、地域冷暖房は、アメリカ、ワシントン市において、冷暖房を必要とするビル群に対し、初めて採用されたといわれる(1938)。
わが国における本格的な実施は1970年代になってからで、地域暖房としては札幌市のものが、地域冷暖房としては千里中央地区センター、新宿副都心、泉北ニュータウンなどが著名である。
[吉田治典]
熱源プラントに大型のボイラー・冷凍機を設置し、熱媒(熱を運ぶ媒体)を加熱・冷却して個々の建物に供給する。熱媒には、暖房・給湯用として蒸気・高温水が、冷房用として冷水が用いられる。供給用の配管は地中に埋設、もしくは共同溝に設置され、冷・温それぞれ別に設けられる。配管には十分な腐食、熱膨張、断熱対策を必要とするため、設備費用が高価である。
[吉田治典]
地域冷暖房は、十分に利用され供給先がかなり集中していることが成立条件となる。暖房が不可避な寒冷な気候の北欧、ロシアでは利用効率が高く、地域暖房の設置例が多くみられる。わが国のように温暖な気候の場合には、冷房・暖房ともに必要で、そのわりには利用効率が低いため、採算をとるのがむずかしく普及が進んでいない。また、設置当初には十分な供給先がなく、投資効率が悪いことも普及を阻害している一因である。このため、安価なエネルギー源を得るため、ごみ焼却場や工場の排熱を利用した設置例もある。また地域冷暖房の設置に際しては、地域住民の理解を得るなど、社会的制約も考慮する必要がある。
[吉田治典]
『都市環境工学会編『世界の地域暖冷房』(1975・日本工業新聞社)』▽『空気調和・衛生工学会編・刊『空気調和・衛生工学便覧Ⅱ 空気調和編』(1981)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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