知恵蔵「坂の上の雲」の解説
坂の上の雲
主人公は、明治維新の頃に生まれた伊予松山の3人の若者である。自ら育成した日本騎兵を率い、中国大陸でロシアのコサック騎兵を打ち破って日本の勝利に貢献した陸軍軍人の秋山好古。その弟で、連合艦隊の参謀となり、東郷平八郎のもとで「旅順港閉塞」「七段構え」などの作戦を立案し、日本海海戦でバルチック艦隊を破った秋山真之。真之の友人で、結核と闘いながら35歳で世を去った近代俳句・短歌の祖、正岡子規。
構想に5年が費やされたこの長編小説は、明治維新から日露戦争勝利への38年間を描き、子規の死を描いた章『十七夜』を境に前半と後半に分かれる。前半は秋山好古・真之兄弟と正岡子規を主人公に、彼らが脆弱(ぜいじゃく)な近代国家「日本」を支えるために、自ら国家を担う気概を持って、真剣に楽天的に生きるさまを描いた青春群像小説。
後半は秋山兄弟が深くかかわった日露戦争の描写が中心で、児玉源太郎、東郷平八郎、乃木希典などの将官たちの姿や、当時の世界情勢、満州や日本海での各戦闘が時系列で述べられ、「日本にとっての日露戦争の意味」を読者にわかりやすく俯瞰(ふかん)的に説明している。
タイトル『坂の上の雲』とは、日本を欧米的近代国家にしようと、自らの目的を疑うことを知らずに奮闘する楽天的な明治人たちを、作者が「楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみ見つめて坂をのぼってゆくであろう」(『坂の上の雲』あとがき 文春文庫)とたとえたところからきている。
なお、松山市内には「坂の上の雲ミュージアム」「子規記念博物館」「秋山兄弟生誕地」などの史跡がある。2009年11月からは、3年間、NHKスペシャルドラマも放映される。
(島村由花 コラムニスト / 2009年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報