寺坊の番人を指すが,とくに真宗では,住職の妻をいう。《親鸞聖人御因縁秘伝鈔》には,法然が親鸞の妻をみて〈子細ナキ坊守ナリ〉といったとあるが,坊守の語の所出史料としては早いものに属する。しかし,この史料の成立から推して,親鸞の時代に坊守の語があったとは断言できない。和歌山県御坊市西円寺旧蔵の,興国4年(1343)正月13日付の《一向専修念仏名帳》には,〈釈了心房道場坊主 円心房坊守〉とあり,すでに道場主の妻を坊守と呼んでいたことが確認できる。蓮如の《御文章(ごぶんしよう)》五帖には〈多屋の坊主達の内方〉とあり,当時,坊守のことを別に,〈ないほう〉と称していた。しかし坊守の呼称が一般的で,今日におよんでいる。寺院,道場の経営に坊守は重要な役割を果たし,その発展の一翼をになってきた。今日,各地に坊守会が結成され,大きな機能を果たしている。
執筆者:北西 弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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