百科事典マイペディア 「坪江荘」の意味・わかりやすい解説
坪江荘【つぼえのしょう】
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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…これによれば総田数602町7反300歩,分(勘料)銭1481貫367文であり,この田数は後々当郷(荘)田数の基準とされた。なお後にしばしば河口荘600町歩とともに坪江荘100町歩と称されたのは,本仏神田から除田を除いた定田(じようでん)と新仏神田,および本仏神田余,新仏神田余の合計で,春日社直領をさしている。 後深草院の寄進以後,1290年と97年(永仁5)に実検が行われ,98年には春日明神が御笠山を出座して郷内金津に着座,ここに坪江惣社春日社が造営されて,荘園の体制が整い,〈坪江御荘〉と称された。…
※「坪江荘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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