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城隍廟 じょうこうびょうChéng huáng miào

世界大百科事典 第2版の解説

じょうこうびょう【城隍廟 Chéng huáng miào】

城隍神をまつるやしろ。城隍神は都市とその住民を守護すると信じられた神。旧中国の各都市にはかならずもうけられ,人々の暮しと最も密接なかかわりをもっていたである。城隍神崇拝の起源については諸説があってよくわからぬが,三国時代にはすでに信仰されていたらしい。次の記事は,文献的にさかのぼりうる最も古い記録である。〈城隍廟,府治の東の承流坊にあり。呉の赤烏2年(239)創建,歴代増修さる〉(《安徽省太平府志》)。

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世界大百科事典内の城隍廟の言及

【商業】より

…相国寺では3と8の日に市がたち(旬市),冠帽,首飾,弓剣,書画から飲食品,珍禽奇獣の類まで,各種の商品が売られたが,門や廊下にまで商品があふれ,多数の買物客で雑踏したといわれている。この種の市は明・清時代にかけて一段と盛んになり,各都市の城隍廟などが舞台となった。そこでは土地の商人と外来の客商との間で,あるいは商人と住民との間で,もっぱら日常生活の必需物資が売買された。…

【中国料理】より

…この急激な発展と人口増加にともなって,各地方料理を標榜する料理店が増え,かつイギリス,アメリカの共同租界,フランスの租界が設置されていたため洋風,中西折衷レストランなど風味の異なる各種料理が上海に集まった。ここには伝統的な名菜というものはなく,老饕(味の通人)たちのあいだでは上海の郷土風味豊かな食べ物を味わうならば,城隍廟(じようこうびよう)(上海旧城内の南市にある)の境内とその界隈の小喫店(簡単な軽食類を売る店)に限るというのが通説のようである。城隍廟の秋から冬にかけての名物の〈白煮羊肉〉(肉と臓物をいっしょに水煮した清真料理)は〈食補〉(栄養補給)をかねて遠方からわざわざ食べにくるという。…

【廟】より

…ただこれは恒久的に存続するとは限らず,新任の役人が治績をあげればさっそく替えられることもあった。代表的な祠廟として,関帝廟(関羽をまつる),城隍(じようこう)廟(都市の守護神をまつる),娘娘(ニヤンニヤン)廟(子授けの女神をまつる),媽祖(まそ)廟(航海安全の女神をまつる,元后宮ともいう)などがあり,これらは今なお台湾省や華僑の多い国々で善男善女の願掛けの対象になっている。【三浦 国雄】
[日本の霊廟建築]
 日本では近世になって,豊臣秀吉や徳川家康など権力者の霊を廟としてまつり,その建築は霊廟建築として著しく発達した。…

※「城隍廟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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