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堀内仙鶴 ほりのうち せんかく

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美術人名辞典の解説

堀内仙鶴

茶道表千家堀内家初代家元・俳人。江戸生。別号は白鶴翁・化笛庵・笛齋・長生庵。水間沾徳の門に入って俳諧を学ぶ。のち京都に移り、茶湯を原叟宗左に学んで奥義を極めた。如心齋宗左・川上不白中村宗哲らに俳諧を教え、彼らの茶風に大きな影響を与えた。寛延元年(1748)歿、74才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

堀内仙鶴 ほりのうち-せんかく

1675-1748 江戸時代前期-中期の茶人,俳人。
延宝3年生まれ。堀内浄佐(じょうさ)の養子。表千家の茶家堀内家の初代。宝永年間に江戸から京都にうつり,表千家6代千宗左にまなぶ。俳諧(はいかい)は水間沾徳(みずま-せんとく)の門人。京都三十一点者(てんじゃ)のひとりとなり,茶道に俳諧を定着させた。寛延元年閏(うるう)10月21日死去。74歳。江戸出身。名は宗信。別号に鶴翁,化笛斎,長生庵など。編著に「水精宮(すいしょうきゅう)」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

堀内仙鶴

没年:寛延1.閏10.22(1748.12.12)
生年:延宝3(1675)
江戸中期の茶匠,茶道堀内家の祖。鶴翁,化笛斎,長生庵と号した。江戸の儒者堀内浄佐の養子。水間沾徳の門下となって俳諧を学ぶ。宝永年間(1704~11)上洛して表千家6代宗左(覚々斎,原叟)の門に入り,川上不白,3代目中村宗哲らに影響を与え,茶の湯に俳諧を定着させた。京都中京区にある堀内家の茶室長生庵(現存のものは1869年に再建された)は二畳台目下座床で土間庇がついた茶室で,千家流の典型的なものであるが,各所に仙鶴の創意が加えられている。堀内家は,以後歴代にわたって表千家を支え,現在まで続いている。

(谷端昭夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

ほりのうちせんかく【堀内仙鶴】

1675~1748) 江戸中期の茶人・俳人。茶家堀内家の祖。江戸で水間沽徳に俳諧を学び、のち京都に出て表千家六代原叟宗左に学んで茶家として立つ。

出典|三省堂
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