壱岐宗淳(読み)いき そうじゅん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「壱岐宗淳」の解説

壱岐宗淳 いき-そうじゅん

1844-1892 幕末-明治時代医師
弘化(こうか)元年生まれ。日向(ひゅうが)(宮崎県)飫肥(おび)藩主伊東祐相(すけとも)の侍医。明治元年長崎で蘭医学をまなび,長崎病院に勤務長崎医学校などでおしえ,9年帰郷し洋医として開業。22年初代宮崎県連合医会会長となる。明治25年4月7日死去。49歳。号は松平

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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