大川郷(読み)おおかわごう

日本歴史地名大系 「大川郷」の解説

大川郷
おおかわごう

「和名抄」高山寺本に「於保加波」、東急本に「於保加八」と訓ずる。郷域比定については異論が多い。「三河志」は「今津村と云」として西尾市の西南部とする。その根拠は、大川は天川の誤りで、旧寺津(てらづ)村に天川神社があり、川を「つ」と発音したので寺津と字を代えたというのである。「大日本史」国郡志・「日本地理志料」では旧乙川(おつかわ)村をその遺名と考え、吉良(きら)町の南部に比定する。


大川郷
おおかわごう

[現在地名]三井楽町大川郷

嶽(たけ)村の南東に位置し、北部は海に臨む。江戸時代は三井楽掛のうち。安永五年(一七七六)赤瀬(あかせ)漁場を発見して定置網漁で財をなした西村団右衛門が庄屋になり、天明八年(一七八八)網代を立て同家が経営した(西村家永代記録)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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