大星神社(読み)おおぼしじんじや

日本歴史地名大系 「大星神社」の解説

大星神社
おおぼしじんじや

[現在地名]青森市横内 泉川

横内(よこうち)集落北部の泉川(いずみかわ)にある。神仏分離までは妙見宮・妙見堂北斗寺とよばれ、津軽藩主の祈願所で、外ヶ浜(そとがはま)一帯で崇敬されていた。主祭神は天御中主神、相殿祭神として左方に盤裂神・根裂神・素盞男神、右方に経津主神・武甕槌神・盤余彦神・日本武神、ほかに玉垣外別社二社の祭神として天児屋根神・大名持神・塩垂彦神が祀られる。旧郷社。また神仏分離に際し、横内村稲荷宮、四ッ石(よっいし)村明石(あかし)神社、野尻(のじり)村熊野宮、大矢沢(おおやさわ)村稲荷神社が大星神社に配祀された(青森市史)。筒井(つつい)村稲荷神社と幸畑(こうばた)村熊野宮も配祀されている(新撰陸奥国誌)。


大星神社
おおぼしじんじや

[現在地名]上田市中央北三丁目

上田城の北東、房山(ぼうやま)村のうち太郎(たろう)山麓大星沖にある。祭神は建御名方命・前八坂刀売命・事代主命。社伝によれば、延長二年(九二四)諏訪神社の分霊を勧請したと伝え、寛和二年(九八六)大法性・大法師・大星宮の三勅号を賜り、大星社と称したと伝え、上田城下町では、常田(ときだ)村の科野大宮(しなのおおみや)社と並んで、由緒ある社とされている。

上田築城後間もない天正一五年(一五八七)八月一四日真田昌幸は社殿修理料を寄進している(小野文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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