大河内輝聴(読み)おおこうち てるとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大河内輝聴」の解説

大河内輝聴 おおこうち-てるとし

1827-1860 江戸時代後期の大名
文政10年8月4日生まれ。上総(かずさ)(千葉県)大多喜藩主大河内(松平)正敬(まさかた)の5男。大河内輝充(てるみち)の養子となり,弘化(こうか)3年上野(こうずけ)(群馬県)高崎藩主大河内(松平)家9代。領地下総(しもうさ)銚子(千葉県)に海防掛を派遣し,沿岸警備にあたらせる。藩士西洋砲術をまなばせ,安政3年軍制の改革に着手した。奏者番,寺社奉行をつとめた。万延元年6月18日死去。34歳。初名は正連。通称は恭三郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む