日本歴史地名大系 「大網堂跡」の解説
大網堂跡
おおあみどうあと
[現在地名]泉崎村北平山・関和久
永仁年中(一二九三―九九)本願寺三世如信が当地に立寄った際に、西念寺住職淵巌が如信の高徳に伏して以後真宗となり、寺も大網堂と称した。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
永仁年中(一二九三―九九)本願寺三世如信が当地に立寄った際に、西念寺住職淵巌が如信の高徳に伏して以後真宗となり、寺も大網堂と称した。
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