大西滝治郎(読み)オオニシ タキジロウ

20世紀日本人名事典 「大西滝治郎」の解説

大西 滝治郎
オオニシ タキジロウ

昭和期の海軍中将



生年
明治24(1891)年6月2日

没年
昭和20(1945)年8月16日

出生地
兵庫

学歴〔年〕
海兵(第40期)〔明治45年〕卒

経歴
大正5年横須賀航空隊付、7年英、仏に駐在、11年横須賀航空隊長、14年霞ケ浦航空教官、15年佐世保航空飛行隊長。昭和2年連合艦隊参謀、のち鳳翔飛行長、航空本部員、加賀副長を経て、14年第2連合航空隊司令官日中戦争で攻撃機から陣頭指揮。15年第1連合航空隊司令官、16年第11航空艦隊参謀長となり、山本五十六からハワイ攻撃計画の研究を命じられた。17年航空本部総務部長、18年中将に昇進し、19年第1航空艦隊長官となりレイテ作戦で初の特攻攻撃機の出動命令。20年軍令部次長。同年8月16日自決した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大西滝治郎」の解説

大西滝治郎 おおにし-たきじろう

1891-1945 大正-昭和時代前期の軍人
明治24年6月2日生まれ。第二連合航空隊司令官などをへて,昭和18年海軍中将。「海軍航空育ての親」として知られた。19年第一航空艦隊長官。特攻攻撃を発案・指揮した。終戦翌日の20年8月16日自決。55歳。兵庫県出身。海軍兵学校卒。
格言など】特攻の英霊に曰(もう)す。善く戦いたり,深謝す(遺書)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大西滝治郎」の意味・わかりやすい解説

大西滝治郎
おおにしたきじろう

[生]1891.6.2. 兵庫
[没]1945.8.16. 東京
海軍軍人特攻隊創設者として知られる。 1912年海軍兵学校卒業。航空本部教育部長,第 11航空艦隊参謀長などを歴任。 43年中将。翌年フィリピンで第1航空艦隊長官に任命され,神風特別攻撃隊を創設。 45年5月軍令部次長。太平洋戦争敗戦の翌日に自決。

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367日誕生日大事典 「大西滝治郎」の解説

大西 滝治郎 (おおにし たきじろう)

生年月日:1891年6月2日
昭和時代の海軍軍人。中将;軍需省航空兵器総局総務局長
1945年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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