朝日日本歴史人物事典 「大館氏明」の解説
大館氏明
生年:生年不詳
南北朝時代の武将。上野国新田郡大館(群馬県尾島町)出身の国人。宗氏の子。官は左馬助。正慶2/元弘3(1333)年,父と共に新田義貞に従い鎌倉攻めに参陣。建武3/延元1(1336)年1月北畠顕家に従って近江佐々木氏頼を攻撃。翌月の足利尊氏西走後は播磨室山に赤松則村を攻め,5月の湊川の合戦に参加。次いで後醍醐天皇の山門行幸にも従事。天皇の吉野逃亡後,南朝の伊予守護として土居・得能両氏と共に四国を経略したが,康永1/興国3(1342)年脇屋義助の没後伊予に侵入した北軍の細川頼春に居城世田城を攻撃され9月3日落城,自刃した。
(森田恭二)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報