天ヶ須賀村(読み)あまがすかむら

日本歴史地名大系 「天ヶ須賀村」の解説

天ヶ須賀村
あまがすかむら

[現在地名]四日市市天ヶ須賀一―五丁目・住吉すみよし町・富田一色とみだいつしき町・富州原とみすはら

松原まつばら村の東、富田一色の北、海に面する漁村。江戸時代を通じて桑名藩領。「五鈴遺響」に「明暦図ニ富田ノ属邑トス、今ハ分置セリ。漁戸多シ。富田一色及本邑小海蝦ヲ捕テ乾ニ製シテ出ス。四方ニ售ルホシエヒト称ス」とある。

文政一〇年(一八二七)の桑名領郷村案内帳によれば、前前年の船数は「五拾集船二十四艘、漁船十二、瀬取船八」であった。戸数一八二、人口七八〇、うち一四戸に船役の負担があった。医師二名。寺院は村持の浄土真宗道場があり、神社は鎮守として相殿の住吉・厳島大明神一社、ほかに山神が記される。また同時期の案内雑書(西尾市岩瀬文庫蔵)によれば、湊役米・網役・紺屋役の負担があるいっぽう、堤三九〇間に対する人足分の扶持が給されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む