天正日記(読み)てんしようにつき

日本歴史地名大系 「天正日記」の解説

天正日記(伊達天正日記)
てんしようにつき

一二巻

成立 延宝―元禄頃か

写本 東京大学史料編纂所

解説 天正一五―一八年にかけての伊達政宗とその周辺事柄を記述した伊達家の公的な日記。「政宗記」と併せみることによってこの時期伊達氏中心とした関係地域の様相が知られ、摺上原合戦を知る好資料でもある。

活字本 戦国史料叢書一一・「山形県史」資料篇一五上ほか


天正日記
てんしようにつき

一冊 内藤清成

成立 天正一八年

写本 早稲田大学

解説 徳川氏の江戸移封を記した日記。現在では偽書説が定説記事は天正一八年五年一八日から一二月だが欠日も多い。小宮山綏介信濃国の旧高遠城主内藤家に相伝書物として明治一六年に紹介した。

活字本 続々群書類従五・明治一六年「校註天正日記」


天正日記(伊達天正日記)
てんしようにつき

一二巻

成立 延宝―元禄頃か

写本 東京大学史料編纂所

解説 天正一五―一八年にかけての伊達政宗とその周辺の事柄を記述した伊達家の公的な日記。「政宗記」と併せみることによってこの時期の伊達氏を中心とした関係地域の様相が知られ、磨上原合戦を知る好資料でもある。

活字本 戦国史料叢書一一

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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