天稚彦(読み)あめわかひこ

朝日日本歴史人物事典 「天稚彦」の解説

天稚彦

古事記』『日本書紀』にみえる神。『古事記』では天若日子高天原の神々が天孫の降下に先立って地上世界を平定しておこうとしたときのこと,天穂日命の地上への派遣が失敗に終わったあとを受けて,地上を平定すべく天降る。しかし自分が地上の王となろうとして,高天原を裏切り,これを糾問しにきた使いの雉を弓矢で射殺する。この矢が天上世界まで届き,そこから投げ返された矢に当たって落命する。その葬儀のとき,訪ねてきた友人の味耜高彦根神(アジスキタカヒコネノカミ)があまりによく似ていたため,天稚彦が生き返ったものと勘違いされる。この神をめぐる神話には,ふたつの要素が重なり合っている。まず,地上世界の王たるべき者が,天へ矢を向けて,返ってきた矢で落命するというのは,メソポタミア民間説話ニムロッドの矢」に代表される,奢れる王の説話の一類型といわれる。また死んだあとにそっくり似た者が出現するというのは,もとは「死と復活」の話だったものの変形と考えられる。この神の死が『日本書紀』では,新嘗という穀物の神の死と復活にかかわる儀礼の場で起こったとされていることからすれば,天稚彦の死とアジスキタカヒコネ来訪の話は,穀物神の死と復活の神話がベースとなっていると考えられる。おそらく天稚彦は元来穀物の生命力を神格化した神で,その一連の神話に「ニムロッドの矢」型の話が融合したのであろう。<参考文献>金関丈夫『木馬石牛』,松前健『日本神話と古代生活』

(神田典城)

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改訂新版 世界大百科事典 「天稚彦」の意味・わかりやすい解説

天稚彦 (あめわかひこ)

日本神話にあらわれる神の名。天国玉神(あまつくにたまのかみ)の子。国譲り神話の中で高天原(たかまがはら)から出雲平定のため弓矢を授かり遣わされるが,大国主神(おおくにぬしのかみ)の娘下照姫(したてるひめ)と結婚して返りごとをしなかった。そこで高天原の神々は雉(きじ)を遣わして詰問させる。アメワカヒコは授かった弓矢で雉を射殺すが,新嘗(にいなめ)の祭りをしていたとき(《日本書紀》),彼はその返矢(かえりや)に当たって死ぬ。後世《宇津保物語》《狭衣(さごろも)物語》などに,天下る天人の汎称として物語化された。
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百科事典マイペディア 「天稚彦」の意味・わかりやすい解説

天稚彦【あめわかひこ】

天津国玉(あまつくにたま)神の子。高皇産霊(たかみむすひ)尊天照大神の命で葦原中国(あしはらのなかつくに)征討に派遣されたが,大国主神の娘下照姫(したてるひめ)と結婚し復命しないので,名鳴女(ななきめ)(キジの名)に詰問され,かえってこれを射殺した。そのため高皇産霊尊がその矢を投げ返して殺した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「天稚彦」の解説

天稚彦 あめわかひこ

記・紀にみえる神。
高天原(たかまがはら)から葦原中国(あしはらのなかつくに)に派遣された2番目の神。大国主神(おおくにぬしのかみ)の娘下照姫(したてるひめ)と結婚し,8年間復命をしなかった。その理由をとうためにつかわされた雉(きぎし)を矢で殺したが,その矢が高天原にとどき,さらになげかえされ,それにあたって死んだという。「古事記」では天若日子(あめのわかひこ)。

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世界大百科事典(旧版)内の天稚彦の言及

【天探女】より

…記紀の神話に出てくる女性で,人の心を探ることを役目とし,名もそれにもとづいている。国譲り神話のなかで,地上に派遣されながら復命しない天稚彦(あめわかひこ)に対し,天津神(高天原(たかまがはら)の神々)が雉(きじ)を遣わして訊問したところ,それを聞いたアメノサグメはアメワカヒコに進言して雉を射殺させたという。人の意にいちいち逆らうことを天邪鬼(あまのじやく)といい,また同名のものが昔話に見えるが,それらはこのアメノサグメに由来するといわれる。…

※「天稚彦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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