夫沢村(読み)おつとざわむら

日本歴史地名大系 「夫沢村」の解説

夫沢村
おつとざわむら

[現在地名]大熊町夫沢

太平洋に面し、南は小入野こいりの村。海岸部は北側三分の二は高さ二〇メートルほどの凝灰岩の断崖が続く。その南に夫沢川という小川が流れ、流域耕地があり、河口付近は断崖が切れて砂浜となる。北部断崖上は比較的平坦で、長者ちようじや原とよばれる小松林となる。断崖の南寄りに砂岩の部分があり、荒砥あらと沢と俗称され、近世には砥石墓石などを産したという。総士禄高調の文禄二年(一五九三)の項に「三貫五百七十八文 夫沢惣七郎」とみえる。寛永一六年(一六三九)の検地高三三二石余とある(相馬藩政史)正保郷帳では田方一六一石余・畑方五七石余。元禄郷帳では夫沢村は高一〇〇石余、棚和子たなわご新田は高一〇〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む