20世紀日本人名事典 「奥保鞏」の解説 奥 保鞏オク ヤスカタ 明治期の陸軍大将 元帥;伯爵。 生年弘化3年11月19日(1847年) 没年昭和5(1930)年7月19日 出生地豊前国小倉(福岡県) 経歴小倉藩士。文久元年家督を継ぎ、2年外国船接待掛。明治政府兵部省に出仕、明治4年陸軍大尉。7年佐賀の乱に中隊長で従軍、同年台湾出兵にも参加。10年西南戦争では熊本城に籠城。15年大佐、17年少将、27年中将と進み、27年日清戦争では第5師団長として出征。29年第1師団長、30年近衛師団長、36年大将。日露戦争には第2軍司令官として沙河、奉天会戦などを指揮。39年参謀総長、40年伯爵、44年元帥。陸軍長老として83歳まで軍職にあり、政治的野心はなかった。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥保鞏」の解説 奥保鞏 おく-やすかた 1847*-1930 明治-大正時代の軍人。弘化(こうか)3年11月19日生まれ。佐賀の乱では熊本鎮台の中隊長,西南戦争時は大隊長。日清(にっしん)戦争では第五師団長をつとめる。明治36年陸軍大将。日露戦争では第二軍司令官として作戦を指揮。戦後参謀総長,44年元帥となる。昭和5年7月19日死去。85歳。豊前(ぶぜん)小倉(福岡県)出身。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「奥保鞏」の解説 奥 保鞏 (おく やすかた) 生年月日:1847年11月19日明治時代の陸軍軍人。元帥;伯爵1930年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by