奥平昌鹿(読み)おくだいらまさか

改訂新版 世界大百科事典 「奥平昌鹿」の意味・わかりやすい解説

奥平昌鹿 (おくだいらまさか)
生没年:1744-80(延享1-安永9)

江戸後期の譜代大名,豊前中津藩主,国学者。昌敦の嫡男。母は牧野貞通の娘。幼名熊太郎。昌邦とも名のる。1751年(宝暦1)中津10万石を継ぐ。賀茂真淵国学を学んで,藩政にも力を入れ,備前池田治政薩摩島津重豪とならぶ名君と称された。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「奥平昌鹿」の解説

奥平昌鹿 おくだいら-まさか

1744-1780 江戸時代中期の大名
延享元年7月15日生まれ。奥平昌敦(まさあつ)の長男。宝暦8年豊前(ぶぜん)中津藩(大分県)藩主奥平家3代となる。国学を賀茂真淵にまなび,和歌をよくした。前野良沢(りょうたく)を保護して蘭学研究をたすけ,儒者藤田敬所を採用して藩政改革につとめた。安永9年7月24日死去。37歳。初名は昌邦。著作に「久受蔓(くずかずら)」など。

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367日誕生日大事典 「奥平昌鹿」の解説

奥平昌鹿 (おくだいらまさか)

生年月日:1744年7月15日
江戸時代中期の大名
1780年没

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