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如宝 にょほう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

如宝 にょほう

?-815 唐(とう)(中国)の僧。
胡(こ)(西域)の人。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)6年(754)鑑真(がんじん)とともに来日し,東大寺戒壇院で受戒。下野(しもつけ)(栃木県)の薬師寺にはいるが,鑑真の死後は唐招提(とうしょうだい)寺長老となり,律宗の発展につとめる。空海との親交が知られる。弘仁(こうにん)6年1月7日死去。俗姓は安。

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朝日日本歴史人物事典の解説

如宝

没年:弘仁6.1.7(815.2.19)
生年:生年不詳
奈良・平安前期の律宗の渡来僧。中央アジアサマルカンド地方の安国の出身か。優婆塞(俗人)として鑑真に師事し,師に従い天平勝宝6(754)年正月に来日。東大寺戒壇で受戒する。一時下野薬師寺に住したが,鑑真没におよびその委嘱を受け唐招提寺に帰住し,伽藍造営に尽力した。延暦16(797)年律師,大同1(806)年少僧都に任命。『日本後紀』の卒伝によると,戒律を厳守し大国の風格を有していたという。<参考文献>『唐大和上東征伝』,義澄『招提千歳伝記』上,『元亨釈書』13巻,久野健「唐招提寺と安如宝」(『古代史論叢』中)

(佐伯昌紀)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の如宝の言及

【唐招提寺】より

…講堂は平城宮の朝集殿を移建し,食堂は藤原仲麻呂の寄進にかかる。763年鑑真は入寂したが,以後如宝,豊安(ぶあん)などが伽藍の整備に当たり,金堂は宝亀年間(770‐781)の造営とする説が有力であり,もと遣唐大使藤原清河家からも堂宇の施入があるなど,多くの喜捨が寄せられた。ことに776年に寺封50戸が施入されたことは,私寺から官寺への移籍を示すもので,この寺封50戸は812年(弘仁3)にも引き続き施入された。…

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