火災保険、自動車保険、傷害保険、賠償責任保険、海上保険、運送保険などの保険種類を総称する保険の分類上の名称。
損害保険会社の社名には、かならず「海上保険」や「火災保険」などの名称が含まれている。保険業法および保険業法施行規則では、そのほかに「傷害保険」「自動車保険」「再保険」(引き受けた危険を分散するための保険会社間の保険制度)および「損害保険」のうちの一つ以上を社名に使用することを定めている。
損害保険に含まれる保険は、偶然の事故や災害で発生した損害による経済的(おもに金銭的)負担を補償する特徴をもっている。損害保険をさらに詳しく説明すると、保険の対象(目的ともいう)の保険価額(時価評価額)を最高限度額として、一定期間内に発生することが予測される偶然の事故や災害によって保険の対象が損傷した場合、事故直前の保険価額と契約金額との割合(時価評価額に対してどれくらいの割合を保険につけたか)をもとに実損額を補償する保険である。したがって、損害保険は原状回復ないし補償という固有の機能をもっているのである。損害保険の場合、「補償」という文字を用いるのはそのためである。ちなみに生命保険の場合には「保障」を用いる。
法律論の立場では「被保険利益」を損害保険(契約)の不可欠の要件と考える。「被保険利益」とは、被保険者と保険の対象との利害関係をさす。つまり、被保険者はある財を所有していることで日常的に利益を受けており、それが偶然の事故や災害で損害を被った場合に、いままでどおりの生活や仕事ができなくなる。そこで、その損害を補償するのが損害保険であるから、「被保険利益」は損害保険(契約)成立の要件とされるのである。
保険を分類するときに一般的に使用されるのが損害保険と生命保険という分類方法である。これはドイツの分類方法に倣ったもので、政府が保険事業を免許事業として監督することを定めた保険業法でも採用されている。しかし、この分類方法は古くから非科学的であるといわれている。それは、損害保険が偶然の事故や災害によって損害が生じた場合に実損額を補償する保険種類を総称する名称であるのに対し、生命保険は保険の対象(人の生命)を基準にした分類名称で、契約期間中の死亡や満期までの生存などを条件に定額の保険金(契約時に申し込んだ保険契約金額)を支払う保険種類を総称する名称であり、両者の分類基準が統一されていないからである。
1980年代以降、損害保険と生命保険のいずれにも分類することができない両者の特徴をあわせもった医療保険や介護保険などの保険種類(第三分野保険という)も増えてきた。損害保険会社にとっても生命保険会社にとっても重要な市場となってきたため、政府は1995年(平成7)に保険業法を改正し、第三分野保険の取扱いを損害保険事業免許でも生命保険事業免許でも認めた。ただし、損害保険会社は実損填補(てんぽ)方式(実際に発生した損害額、負担した費用等の補償)で、また生命保険会社は定額払い方式でそれぞれ取り扱うこととされた。
民間会社による損害保険事業とは別に、国家・政府の政策保険としての損害保険もある。たとえば貿易保険法に基づき外国貿易その他の対外取引にかかわる危険を補償する貿易保険、漁船損害等補償法に基づく漁船保険、農業保険法に基づき農業共済組合等が引き受ける農業災害等に対する補償を行う農業保険などである。また、農業協同組合や消費生活協同組合などが組合員の生活保障を実現するために保険技術を使い、運営する共済事業として、損害共済がある。
保険業法では、保険株式会社と保険相互会社だけに事業免許を与え、組合組織を除外しているが、共済事業は実質的には協同組合による保険事業である。共済組合では火災共済、自動車共済、傷害共済、賠償責任共済などの損害共済や生命共済を扱っている。自動車の所有者に加入が義務づけられている自動車損害賠償責任共済を扱っている共済組合も多い。今日では共済事業は保険事業に匹敵するほど広く普及し、地域や職域で多くの人々の生活保障機能を担っている。
損害保険会社は政府の免許・監督制度の下で事業運営を行い、経済活動や社会生活の継続を困難にするようなさまざまな危険(リスク)に対する補償を提供しており、社会的に重要な役割を果たしている。しかし、2005年(平成17)から2008年にかけて大量に発覚した保険金不払いや保険料の過徴収問題では、多くの損害保険会社が業務停止命令や業務改善命令などの行政処分を受けた。かつての監督官庁であった大蔵省の護送船団行政に守られ、価格・商品開発競争が排除されたなかで蔓延(まんえん)していた保険契約者(消費者)不在経営の体質が十分に改善されていなかったのではないかと考えられる。損害保険会社が真に消費者の信頼を取り戻すことができるかどうかが問われている。
[押尾直志 2018年3月19日]
加入者が所定の拠出を行うことによって,偶然の事故による損害の塡補(てんぽ)の約束を得るという経済制度であり,火災保険,自動車保険,船舶保険などがある。損害保険は,塡補すべき保険金の額を被った損害額により決定することを原則とする保険であり,生命保険のような定額保険とは異なる概念である。しかし近年は,傷害保険のように定額給付を行う損害保険もある。
損害保険には,保険の対象となるもの(被保険利益)による分類として,財物の損傷によって生じた損害を塡補する保険(物保険),責任を負うことによって生じた損害を塡補する保険(責任保険),費用を支出することによって生じた損害を塡補する保険(費用保険)等がある。実際の契約においては上記の保険が組み合わされており,たとえば自動車保険では,運転中衝突して車が破損すると,車自体の損害が塡補されるが,このほかに他人の車を損傷させ,その損害賠償責任を負う場合,この賠償額も塡補される。また船舶保険では,船舶が遭難したために支出した救助費も塡補される。
損害保険では海上保険が最も古く,14世紀にイタリアの商業都市で始まり,地中海商業の発展に伴い拡大していった。火災保険は1666年のロンドン大火を契機にイギリスで始まった。日本では1879年に東京海上保険(のち東京海上火災保険。現,東京海上日動火災保険)により海上保険が,87年に東京火災海上保険(のち安田火災海上保険。現,損害保険ジャパン)により火災保険がそれぞれ開始され,その後各種の新しい保険が行われるようになった。
日本の商法は保険を損害保険と生命保険とに分けて規定を設けており,損害保険は生命保険以外の保険と解することができる。また保険業法では損害保険と生命保険の兼営を禁止している。商法で損害保険として規定しているものは火災保険,運送保険,海上保険の3種類であるが,商法の規定は実務上は不十分であり,保険会社は普通保険約款および特別保険約款を作成して契約内容を詳細に定め,これによって保険契約を標準化し,多数の契約を迅速に処理している。
損害保険には民営のものと公営のものとがある。民営の損害保険は火災保険,海上保険(船舶保険,積荷保険),運送保険,自動車保険,自動車損害賠償責任保険および新種保険に大別される。このうち新種保険にどのようなものがあるかについては〈新種保険〉の項を参照されたい。公営の損害保険には,労働者災害補償保険(いわゆる政府労災),輸出保険など国が事業主体となっているもの,および中小企業信用保険,農業信用保証保険など政府関係機関が事業主体となっているものがある。また損害保険類似の制度として農業協同組合などが実施している共済事業がある。近年の傾向として長期・積立型の火災保険,傷害保険が著しい伸展を示している。また各種保険をセットするパッケージ・ポリシーなど新しい保険が開発されている。
なお,損害保険の健全な発達と保険契約者等の利益を保護するため,公正な損害保険の料率を算出することを目的として〈損害保険料率算出団体に関する法律〉(1948公布)が制定され,これに基づき1948年に損害保険料率算定会,64年に自動車保険料率算定会が設立された。日本の損害保険会社はすべて二つの算定会の会員となっており,日本で損害保険事業を営む外国会社も会員となっている。算定会の事業は,主として科学的手法に基づき保険料率を算出し(その保険料率を算定会料率という),大蔵大臣に認可申請を行うことである。会員である損害保険会社は認可を受けた保険料率を遵守する義務がある。なお損害保険会社または算定会が〈損害保険料率算出団体に関する法律〉によって行う正当な行為には独占禁止法の規定は適用されない。
日本にある損害保険会社は1997年度末現在,国内元受31社,再保険2社,外国会社26社である。これらの保険会社は〈保険業法〉(1939制定,1995全面改正,1998保険制度改革により改正)に基づき内閣総理大臣の監督を受けている(免許等を除き金融監督庁長官に委任されている)。
また損害保険の募集は,損害保険代理店,保険仲立人および保険会社の社員ができる。損害保険代理店,保険仲立人は保険業法により内閣総理大臣に登録しなければならず,これらの保険募集従事者の届出も定められている。
→保険 →保険業
執筆者:高木 秀卓
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※「損害保険」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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