姥ヶ寺之前町(読み)うばがてらのまえちよう

日本歴史地名大系 「姥ヶ寺之前町」の解説

姥ヶ寺之前町
うばがてらのまえちよう

上京区寺之内通千本一丁東入下ル

町の東寄りを姥ヶ寺之前通が南北に通る。

町名は寛永一四年(一六三七)洛中絵図に「姥寺前丁」とみえ、その後、寺之前ともよばれた。「坊目誌」に当町を「又懐町とも呼べり。元禄四年西陣図、正徳四年地図にうばがふところとあり」という「うばがふところ」は、東に隣接する姥ヶ北町をさすと考えられる。

町名は、付近一帯が姥懐うばがふところとよばれる原野であったこと(→姥ヶ東西町に加えて、近世本瑞ほんずい寺の創建による門前町屋の形成によりついたのであろう。「坊目誌」は宮上京師地図を引用して本瑞寺の北西に「御内藪字鹿の子」という皇室所有の竹林や、慶長(一五九六―一六一五)の頃、医師作庵が築いた祖母懐うばがふところという窯跡が残っていたと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む