安宿王(読み)あすかべのおう

改訂新版 世界大百科事典 「安宿王」の意味・わかりやすい解説

安宿王 (あすかべのおう)

奈良時代の皇族長屋王の子。生没年不詳。729年(天平1)長屋王が謀反の疑いで自尽したとき,母が藤原不比等の女であるので,黄文王(きぶみのおう),山背王とともに罪を許された。737年従五位下,すぐに従四位下となり,玄蕃頭治部卿,中務大輔,播磨守,内匠頭を経て,正四位下讃岐守に至る。757年(天平宝字1)山背王の告発により,橘奈良麻呂陰謀が発覚し,上道斐太都の報告に名前が上がり,7月4日の訊問には,6月29日の夕,黄文王に従い太政官院に行き,事情を知らずに奈良麻呂ら主謀者と天地を拝したが,欺かれて行ったと答えている。成功後天皇となる候補の4王に入っていたらしい。死を免れて妻子とともに佐渡に流され,773年(宝亀4)に高階真人の姓が与えられた。罪は許されなかったらしい。《万葉集》巻二十に,内匠頭兼播磨守のとき,754年(天平勝宝6)1月と翌年8月の天皇の肆宴に奏した短歌2首がある。
橘奈良麻呂の変
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関連語 あすかべ 水野

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「安宿王」の解説

安宿王 あすかべおう

?-? 奈良時代,長屋王の子。
母は藤原不比等(ふひと)の娘。長屋王の変の際は母の縁で罪をまぬかれ,玄蕃頭(げんばのかみ),治部卿,播磨守(はりまのかみ),讃岐(さぬきの)守などを歴任した。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)9年(757)橘(たちばなの)奈良麻呂の陰謀(橘奈良麻呂の変)にくわわり,佐渡に流される。のちゆるされ,宝亀(ほうき)4年高階真人(たかしなのまひと)の氏姓をさずかる。「万葉集」巻20に歌がおさめられている。

安宿王 やすかべおう

あすかべおう

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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